今回はデジタル化が可能にした経験の相互活用の具体例として、ソフトウエア開発のプラットフォームである「GitHub」を紹介します。計算機科学が専門でプログラム開発者でもある黒川利明氏によれば、近年のソフトウエア開発では企業・組織に関係なく、様々なノウハウを持つ世界中の開発者が寄り集まって作業するプラットフォームとしてGitHubの利用が定番化しているそうです。
GitHubで興味深いのは、世界中の開発者が日々獲得する学習成果を相互活用する仕組みの先進性です。各開発者が作業中に得た成果は、プログラム作成に使われるコードの断片として素早く自動パターン化され、GitHubのサイト内に蓄積されます。そして、そのコード断片は開発者用に標準化されたパソコン画面に即座に現れるのです。
世界中の開発者は基本的に、これらの多彩なプログラムコードの断片を組み合わせてアプリを作ります。しかも人工知能(AI)基本機能を使った開発ツールの場合、プログラムエラーの発見やプログラム作成上の助言もしてくれます。
多様な人々の実践的な学習の成果が自動化パターンとして標準開発画面に組み込まれると、開発者はそれを使って自らの作業効率を大幅に改善できます。このように他者の学習成果を利用できるか否かで、アプリの開発効率には極端な差がつきます。さらに、多様な開発者と競い合ったり協力したりしながら作業することで自らの能力(自己変化能)を高められるほか、事業戦略上の選択肢(リアルオプション)を確保することにもつながります。
GitHubとは別に「スタック・オーバーフロー」というプログラマー向けのQ&Aのサイトも開設されています。開発者はこのサイトを活用して自らの疑問点を潰しながら作業を進められます。参加しているのはフリーの技術者だけでなく、有名IT企業の技術者や大学の研究者など様々です。このスタイルであれば、自分の専門的な貢献をどこにいても続けられます。
こうした経験の相互活用に対しては、企業秘密や知的財産権の問題を指摘する声が出そうですが、これについては次回に触れます。
2017年5月24日 日本経済新聞「やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本」に掲載