今回は基準改定の構造的課題を検討します。国内総生産(GDP)の測定は生産、支出、分配の3面からのアプローチが可能です。日本の国民経済計算(JSNA)は支出側からの推計値を基準としますが、その推計自体は財・サービスの生産データに基づくものです。統計調査に基づく家計消費や民間投資の合計は、SNA概念への調整をしても、一国集計レベルのそれを大きく下回ることもあります。精度改善の鍵は、支出や分配面ではなく、やはり国内生産の把握です。
JSNAでは、財の生産と投入関係を描く供給・使用表(SUT)の枠組みからGDP年次推計の精度を改善してきました。かつてGDPの2%ほどあった統計上の不突合は近年、約10分の1に縮小しています。
こうした取り組みは評価できますが、それは与えられたジグソーパズルをバラバラにして、各ピースを更新したうえで改めて組み立てるようなものです。JSNAの課題は、ジグソーパズル自体が十分な実体経済の描写なのか、一度棚卸しをして検証することにあります。パズルとは5年に一度、生産体系のベンチマーク推計値を与える産業連関表(基本表)です。
ここに日本の統計システムの課題があります。現行JSNAは、基準年の推計に基本表を加工して取り込んだ上で、年次・四半期の延長推計をしています。その基準たる基本表は10府省庁の共同作業で構築されますが、生産の捕捉が十分なのか、ベンチマーク改定としての問題意識と責任は不明確です。過去の値に引っ張られ、改定に消極的な姿勢も見受けられます。
基本表とJSNAの概念の相違も残されたままです。木に竹を接ぐことがないよう、基準年SUTを含む体系の設計が必要です。本来JSNAの基準改定とは年次推計のルール変更ではなく、基準年SUT体系の構造と実証基盤から見直さなければなりません。基準改定を貫徹するためには機能の集約化が不可欠です。問題意識の熟成は現行の産業分類にも修正を求めるでしょう。GDP統計のさらなる改善に向け、長期的な取り組みが必要です。
2016年9月29日 日本経済新聞「やさしい経済学―GDP統計の基準改定と課題」に掲載