先進国ではこの四半世紀の間、労働分配率が緩やかに低下してきました。そのどれほどが測定上の問題で、また経済構造の変化を示すのか議論されています。労働分配率とは国内で発生する所得全体(名目国内総生産=GDP)に対する労働者の所得のシェアであり、マクロ経済の所得分配を描く重要な指標です。簡潔な指標ですが、その測定は容易ではありません。
労働者は大きく雇用者と自営業主・無給の家族従業者とに二分されます。後者の自営業主の所得では労働所得と資本所得とを分離して観察することは一般に困難なので、国民経済計算(SNA)では両者を分割推計せずにミックスしたまま計上されます(混合所得)。よって自営業種の労働所得とは何らかの仮定に基づく推計値です。
一方、雇用者の所得は、SNAでは雇用者報酬の付加価値の最大の項目です。そこには賃金に加え、自社製品の支給なども含まれ、社宅のある場合は市場価格との乖離(かいり)分も所得とみなされます。また社会保険料の雇い主負担分も含まれます。測定の困難な零細企業の雇用者も多いため、発展途上国では雇用者報酬が推計されていないこともあります。
基準改訂後は、新たにストックオプションも雇用者報酬に含まれます。オプション価値の推計や期間配分など推計上の課題はさまざまですが、日本では基準改訂後、0.01%強の雇用者報酬の増加要因となる見通しです。これは資本所得から労働所得への変更なので、GDPの総額には影響しませんが、労働分配率は変化します。
海外からの受取所得の増加を反映して、国民総所得(GNI)も定着してきました。米国ではGNIはGDPを1.5%ほど上回りますが、日本は4%ほどに達しています。両指標の差異拡大は国内投資の収益性低迷の反映でもあります。国内に魅力的な投資機会を創出してきたシンガポールでは、GNIはGDPを4%ほど下回っています。
ただ、多くの国民にとって所得の源泉は国内での労働所得であり、GDPによる国内所得の発生と分配の状況を把握することの重要性は低下していません。
2016年9月27日 日本経済新聞「やさしい経済学―GDP統計の基準改定と課題」に掲載