国民経済計算(SNA)の基準改定では研究開発(R&D)以外にも資本の境界線が変更されます。政府は防衛サービスの生産者でもあります。防衛装備品はこれまで、民間転用可能な設備を除き、(中間投入を通じて)政府消費されていましたが、今後は総固定資本形成(弾薬などは在庫品)とされます。
これは防衛サービスを生産するための資本投入量が増加することを意味しています。政府サービスは市場で取引されないため、その生産額は投入費用の総額によって定義されます。防衛装備品の資本コストの拡大によって増加した政府サービスの生産額は、一国全体として購入(総合消費)されます。よって基準改定後は、名目国内総生産(GDP)は0.1%ほど増加します。米国に比べ、5分の1ほどの影響度です。
武器などは実際に使用されるとは限らず、資本化を疑問視する考え方もあるかもしれません。しかし、生産拡張のための企業投資であっても、資産が実際に使用されるかは事業環境に左右され、確実ではありません。防衛装備品は抑止力を含めた広義の防衛サービスの生産に寄与すると解されます。SNAにおける資産とは、必ずしも直接的な利用ではなく、潜在的なサービスを提供するものも含んでいます。
R&Dのストックも類似的に捉えられます。実際のR&D活動では成功しない事例も多いでしょう。特許権を取得したものを成功として定義し、分野別の成功確率を測定してストックを推計する試みもあります。しかし、特許権の出願には公開が不可欠で、本当に重要な成果は秘匿されるかもしれません。また一時の失敗も知識の増加であり、将来の成功への礎です。SNAのR&Dストックはそうした広い意味での知識を包含しています。
基準改定後は、資産取得額の範囲も拡張されます。これまでは所有権移転のための費用は一部しか取得額に含まれませんでした。改定後は、住宅や宅地の売買における不動産仲介手数料も取得額に含まれ、名目GDPの0.2%ほどの増加要因となります。GDPや投資比率など国際比較の精度は改善します。
2016年9月26日 日本経済新聞「やさしい経済学―GDP統計の基準改定と課題」に掲載