日本では、労働安全衛生法によって労働者の健康管理が企業に義務付けられていることもあって、中堅大企業を中心に、数多くのメンタルヘルス施策がとられています。
例えば、大和総研が上場企業向けに実施した「健康経営度」調査(2014年)によると、9割以上の上場企業が労働者の健康状態を把握したり、健康増進策に取り組んだりしていると回答しています。ところが、メンタルヘルス対策の実施が十分と回答している上場企業は4割程度にすぎません。
実際に企業が導入している各種の施策には、どの程度の効果があるのでしょうか。個別企業を対象にした疫学研究には、ある施策を導入した際の費用と、労働者の主観的な生産性で測った導入後の効果を測定したものがいくつか存在します。ただ、業主や企業風土の違いをはじめ、企業には多くの異質性があるため、ある企業で効果があった施策が必ずしも他の企業には当てはまらない可能性があります。普遍性のある効果測定には、経済学的アプローチを利用して企業間の異質性を取り除くことが重要になります。
企業の異質性を考慮しながら個別のメンタルヘルス施策の効果測定を行った我々の実証研究では、相談対応窓口の開設や職場復帰における支援、医療機関や他の外部機関の活用といった施策には、不調者を減らす効果があまりみられませんでした。一方で、衛生委員会などでの対策審議やストレス状況などのアンケート調査、職場環境の評価および改善といった施策は、一部でメンタルヘルス不調者を減らす効果がみられます。
効果がみられた施策は、より直接的に働き方に影響を及ぼすといえます。企業のメンタルヘルス対策には、悪化防止を目的とする1次予防、早期発見を担う2次予防、不調者の職場復帰を支援する3次予防といった段階があるといわれます。検証結果を踏まえると、特に働き方にかかわる職場レベルでの1次予防の重要性が高いといえます。
2014年10月30日 日本経済新聞「やさしいこころと経済学―メンタルヘルス」に掲載