やさしいこころと経済学―メンタルヘルス

第6回 企業全体で利益率低下

黒田 祥子
早稲田大学

山本 勲
ファカルティフェロー

労働者のメンタルヘルスの不調は、勤務中の生産性低下や欠勤を通じて企業に損失をもたらします。こうした損失は、不調となった労働者本人の生産性低下という観点でのみ試算するのが一般的です。

しかし、働き方や職場の労務管理に問題があり、その悪影響が一部の労働者のメンタルヘルスの不調として表面化していると考えれば、不調者の出現は職場管理に問題があるのかもしれません。不調者が多くいる企業では、不調の労働者によってもたらされる損失だけでなく、職場管理の問題を通じて、不調が顕現化していない同僚の生産性も低下し、企業業績が悪化している可能性があります。

これまで、メンタルヘルスと企業業績の関係を検証した研究はほとんど存在しませんでした。こうした検証には、メンタルヘルス不調による休職者比率といった指標を職場管理の良しあしの代理指標とみなし、企業の利益率や生産性など客観的な業績指標の関係性を定量化することが必要となります。

経済学的アプローチを用いると、業績悪化によって労働者のメンタルヘルスが悪化するという逆方向の因果関係を可能な限り取り除き、メンタルヘルス指標が悪化した後に企業業績がどう変化するかという正しい因果関係の把握を試みることができます。

我々の研究では、約400の日本企業を追跡調査したパネルデータを利用し、メンタルヘルスの不調による休職者の比率が上昇した企業は、他の要因を一定にして、2年程度の遅れを伴って、他の企業と比べ売上高利益率が低下することが明らかになりました。労働者のメンタルヘルスの悪化は利益率という客観的な指標で測っても企業に損失をもたらしており、企業経営にとって無視しえない問題といえます。

一般的に、メンタルヘルス不調による休職者比率は1%程度といわれています。顕現化していない生産性の低下も加味すると、企業の損失は想像以上に大きくなります。

2014年10月29日 日本経済新聞「やさしいこころと経済学―メンタルヘルス」に掲載

2015年2月17日掲載

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