やさしいこころと経済学―メンタルヘルス

第4回 隠す傾向が事態悪化

黒田 祥子
早稲田大学

山本 勲
ファカルティフェロー

メンタルヘルスを語る際、しばしば使われる用語に「スティグマ」があります。不名誉なしるしや烙印(らくいん)という意味から派生し、精神疾患を患った人への偏見や差別、あるいは本人がそれを恐れて病を隠す傾向にあることなども指します。スティグマの存在により、職場におけるメンタルヘルス問題は、他の疾患以上に複雑化していると考えられます。

経済学では、当事者間で保有している情報に差が生じている状態のことを「情報の非対称性」といいます。スティグマにより、労働者はメンタルヘルスの不調を意識的・無意識的に隠す傾向があるため、企業と労働者間の情報の非対称性が強くなりがちです。結果として、メンタルヘルスが悪化しはじめても上司や同僚が気付かず、限界に達し本人が休職を申し出て、初めて会社が事態を認識する状況が生じやすいといえます。

これまでの研究では、不調者が遅刻・早退や欠勤の増加、休職で勤務時間が減少してしまうことによる経済損失を考える傾向にありました。こうした状況は「休む」という言葉から派生し「アブセンティイズム」と呼ばれます。

しかし、最近では、一見普通に勤務している労働者の中にもメンタルヘルスの不調者が存在し、本来の働きができなくなって生産効率が低下することによる経済損失の方が大きいと考えられるようになってきました。こうした状況を、「出勤している」という言葉から派生して「プレゼンティイズム」といいます。

多くの企業もこうした事態に気づき、対応策を導入する傾向にあります。しかし、スティグマの存在は、メンタルヘルス対策をとる企業側の姿勢にも影響を与えています。メンタルヘルスに悩む企業というイメージをもたれたくないため、問題の存在を隠す傾向や、対策を積極的に実施していても開示しない傾向がみられます。このため、メンタルヘルスヘの取り組みの成功例や改善策が、企業間で共有されにくい問題があります。

2014年10月27日 日本経済新聞「やさしいこころと経済学―メンタルヘルス」に掲載

2015年2月17日掲載

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