やさしいこころと経済学―メンタルヘルス

第2回 「個人の問題」除去し分析

黒田 祥子
早稲田大学

山本 勲
ファカルティフェロー

日本では、長時間労働がメンタルヘルスを悪化させる大きな原因の1つといわれます。実は精神医学・疫学の先行研究では長時間労働と精神疾患の明示的な因果関係はあまり検出されていません。

労働政策研究・研修機構の事業所向けのアンケート調査では、約7割の事業所がメンタルヘルス悪化の原因は「本人の性格の問題」と回答しています。本当に悪化の原因は千差万別で、多くの人に共通する要因は少ないと考えていいのでしょうか。

伝統的な経済学の実証研究では、「個人の問題」は残差や異質性と位置づけ、統計的な手法で除いたうえで、「多くの人に共通する問題」を見いだすことを目指してきました。メンタルヘルスに関しても、個人の異質性(ストレス耐性や性格、家庭環境など)を統計的に除去したうえで、メンタルヘルスに影響を与える共通要因の存在や大きさを把握できます。つまり、労働時間の長さや働き方など組織として対処できる課題とメンタルヘルスの不調との関係を指摘できるはずです。

我々が経済産業研究所のプロジェクトで実施した研究では、約700人を2年にわたり追跡調査したデータを活用し、個人に固有の要因を取り除いたうえで、メンタルヘルスの状態が労働時間や働き方に左右されるか統計的に解析しました。その結果、労働時間の長時間化はメンタルヘルスの状態を悪化させる傾向があることがわかりました。

特に、サービス残業が長くなると労働者のメンタルヘルスの顕著な悪化が認められます。この結果は、労働につりあうだけの対価(賃金・昇進・雇用保障など)がないと労働者のストレスが高まるという、医療社会学者のヨハネス・シーグリストの「努力-報酬不均衡モデル」とも整合しています。

我々の研究結果は、個人の要因だけでなく、サービス残業を中心とする労働時間の長さなど働き方も、メンタルヘルスに影響を及ぼしている可能性がある証左といえます。

2014年10月23日 日本経済新聞「やさしいこころと経済学―メンタルヘルス」に掲載

2015年2月17日掲載

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