やさしい経済学―予測に挑む「期待を組み込む」

第10回 危機通じ進化を続ける

藤原 一平
ファカルティフェロー

1980年代前半から2000年代半ばまで「大いなる安定」を呼ばれ、景気変動は小さく、インフレ率も安定していました。価格の粘着性や期待の影響を組み込んだ動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルで、経済をうまく描写できると考えられてきました。

こうした見方に疑問を投げかけたのが08年以降の世界的な金融危機です。100年に1度の危機といわれ、これを予測できなかったとしてモデルへの批判も高まりました。

ただ、そのいくつかは誤解に基づくものでした。例えば「モデルに金融が組み込まれていない」という批判がありました。しかし、金融市場の仲介機能が効率的ではない状況を考えるモデルは、米プリストン大学の清滝信宏教授らによって1990年代には考案されており、こうしたモデルでは、負のショックに対し、景気低迷がより深く、そして長いものになることが示されていました。

もちろん乗り越えるべき課題はたくさんあります。バブルなど金融面の不均等が緩やかに累積し、臨界点を迎えたところで危機が発生するメカニズムの表現もそのひとつでしょう。リーマン・ショックのような出来事を「予期できない」と考えるのか、危機が発生する確率が高まっていく状況をモデルに組み込むのかという議論もあります。

歴史を振り返ると、大恐慌後にケインズモデルが登場し、インフレと不況が同時に発生した70年代以降は供給側の要因に着目したモデルが発展しました。80年代以降、インフレが落ち着く過程では、価格の粘着性を組み込んだニューケインジアン的な考え方(金融政策を通じた物価安定の重要性など)が広まり、今回お話しした動学モデルに応用されました。

経済の予測モデルは、様々な危機を通じて進化を繰り返してきました。DSGEモデルも、今回の金融危機を通じて得た知見を取り組みながら発展していくはずです。

2014年6月25日 日本経済新聞「やさしい経済学―予測に挑む『期待を組み込む』」に掲載

2014年7月12日掲載

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