「名目金利=(予想)インフレ率+実質金利」という関係があるのに、中央銀行は物価上昇を抑えたいとき、名目金利を引き上げます。実質金利があまり変わらなければインフレ率は逆に上がってしまいそうです。
このナゾを解く鍵は、一見、矛盾するようですが「価格はすぐには変わらない」という価格の粘着性(硬直性)にあります。先の式を書き換えると「実質金利=名目金利-(予想)インフレ率」。名目金利が引き上げられても、人々は「すぐには値上がりしないだろう」と経験的に知っているので、インフレ率の予想があまり変化せず、実質金利が上昇するのです。
経営判断を左右するのは物価も考慮した実質金利です。実質金利が上昇すると、企業が設備投資などを抑えるため総需要が減少します。その結果、国内総生産(GDP)は縮小し、物価に下押し圧力が加わります。価格は粘着性という特質があるため、名目金利の引き上げがインフレ率を下げる結果をもたらすのです。
価格が粘着的であるかどうかは、金融政策に実質的な効果がどの程度あるのかを左右します。もし価格が環境の変化に応じて即座に動くなら、金融政策には全く効果がないことになってしまいます。
ただ、名目金利の引き上げは長期的には物価上昇を抑える効果がなくなります。時間がたてば物価は調整されて、人々が合理的であれば、名目金利の上昇分だけインフレ率も上昇し、実質金利は元の水準に戻ると考えられているからです。こうした金融政策の時間を通じた影響は「動学モデル」でしか捉えることができません。
従来のケインズ経済学の静学モデルは、通貨供給量を増やすと、金利とGDPがどの程度変化するかを捉えることができますが、時間を通じてどのように変化するかまでは知ることはできません。価格が調整されない比較的、短期についての経済変化の方向を捉えるモデルだからです。
2014年6月16日 日本経済新聞「やさしい経済学―予測に挑む『期待を組み込む』」に掲載