やさしい経済学―予測に挑む「期待を組み込む」

第2回 人々の予想を考慮

藤原 一平
ファカルティフェロー

動学確率一般均衡モデルが古いケインズ型モデルと大きく異なる点の1つが、人々が期待(将来の予想)に基づいて行動することを厳密に考慮した「動学」であることです。まず、金融政策を題材に、「動学とは何か」そして「経済をなぜ動学で捉える必要があるのか」について考えてみましょう。

輸入価格の高騰などから物価が上がると、中央銀行は金利を引き上げて、インフレ率を低下させようと試みます。当たり前ではないか、と思われる方が多いでしょう。しかし恥ずかしながら、私は二十数年前に日銀に入行したとき、このメカニズムを理解することができませんでした。

なぜかというと、「名目金利は(予想される)インフレ率と実質金利の和である」という、フィッシャー方程式と呼ばれる関係を学んでいたからです。

具体的に説明しましょう。インフレ率が高い場合、同じ商品であっても翌年には価格が上がります。物価が上昇すると、お金の価格は目減りします。そこで、お金の貸し手は、もともと手に入れたかった利息(実質金利)に、目減り分を上乗せするようになるはずです。

もし物価が年10%上昇する(例えば、今日100円のコーラが、来年110円になる)なら、お金の価値は翌年、10%目減りします。それが分かっていれば、貸し手は確保しようとしている利息に年率で10%分、金利を上乗せするでしょう。そうしないと貸し手は、実質的には損をしてしまうからです。

これは「名目金利=(予想)インフレ率+実質金利」という関係式で表せます。しかしこの式から考えると、名目金利を引き上げても、実質金利が変わらなければインフレ率の方が上昇するように見えます。これが私が理解できなかった理由です。

もちろん、こうした可能性も理論的にはありうるのですが、通常は名目金利の引き上げはインフレ率の沈静化につながると考えられています。

2014年6月13日 日本経済新聞「やさしい経済学―予測に挑む『期待を組み込む』」に掲載

2014年7月11日掲載

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