やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第8回 中国企業の経験

八代 尚光
コンサルティングフェロー

経済開放は中国企業の成長にどう貢献したのか。これは日本企業にも大きな示唆を与える。日本などでは輸出企業は国内企業に対し優位性がある。しかし中国の輸出企業は多様だ。中国の輸出の52%は先進国の外資企業によって担われ、44%は加工貿易という再輸出を条件に原材料輸入が免税される特殊な活動である(中国税関による2011年の値)。中国企業のデー夕解析では外資企業や加工貿易を行う輸出企業のこうした優位性はみられない。

他方、経済開放は中国の地場企業のイノベーションと競争力向上に顕著に貢献した。例えば01年の世界貿易機関(WTO)加盟で、貿易手続きが原則自由化され、加盟国市場へのアクセスも改善した。こうした輸出環境の改善は、国有企業を除く地場企業に輸出開始と新製品開発を促した。

専修大学の伊藤萬里准教授らと筆者による研究では、旺盛な対内直接投資で存在感を高めた外資企業から地場企業に知識が波及し革新的なイノベーションが促された一方、川下産業の地場企業へは優れた部材の供給を通じて生産性改善を支援したことがわかった。経済開放で中国経済は低賃金労働を武器とした輸出主導型の成長が可能になったが、より本質的な貢献はこうした国際化を通じた地場企業の成長にあった。

一方で中国企業は、高性能部材や研究開発のような技術・知識集約度の高い分野で依然大きなキャッチアップ余地を残す。中国の輸出における加工貿易の大きな比重は、中国企業の比較優位が加工組み立てという労働集約的な活動に偏重していることを意味する。

目下の課題はバリューチェーン(価値連鎖)におけるより技術・知識集約度の高い活動への進出だ。昨今急増する中国企業の対外直接投資の評価は、データの不備などで難しいが、その一部は先進国の無形資産の獲得を意図している。今日の発展に至る中国企業の経験は、停滞した国内産業に属する企業が国際化や外資企業との競争をイノベーションの機会として積極活用することで、経済開放を成長につなげられることを裏付ける。日本企業の新たなイノベーションの開花に期待したい。

2012年4月6日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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