やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第1回 研究進み新視点

八代 尚光
コンサルティングフェロー

環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を巡る議論が紛糾している。「国内産業に悪影響が出る」という反対派の主張は分かりやすい半面、政府などのマクロ試算からは経済開放に伴う具体的なメリットのイメージがわきづらい。他方で近年、貿易・投資を自由化すると、「当事者」である企業が輸出だけでなく輸入や外資企業との競争によって成長できるというメカニズムの研究が進んでいる。

カギになる言葉は企業の異質性とイノベーションである。近年、企業レベルのデータ解析が進み、1つの産業内でも生産性や企業規模が著しく異なる企業が多く存在することが裏付けられた。経営者の素質や技術力によって企業のパフォーマンスが異なるのは当然だが、こうした企業の異質性を前提とすれば、経済開放の帰結を一国や産業の単位では論じられない。

つまり、「安価な輸入品の流入で国内産業が衰退する」という全ての企業を均一視する見方は適切ではない。競争力の低い企業が退出を迫られる一方、高い企業は生き残りむしろ成長すると考えるべきである。

企業データに基づく研究では、貿易や対外直接投資活動を行う企業のパフォーマンスは国内市場にとどまる企業に勝っている。京都大の若杉隆平教授らによれば、日本の輸出企業は国内に特化した企業と比べ労働生産性が平均1.5倍、雇用規模が3倍弱大きく、25%高い平均賃金を支払っている。こうした国際化企業の優位性はなぜ存在し、どう形成されるのか。

海外進出には大きな初期費用が伴うため、もともと優秀な企業が国際化することも考えられるが、近年の研究では企業の成長に不可欠なイノベーションが国際化で促されるという仕組みが解明されつつある。

経済開放はまた、輸入や対内直接投資という「内なる国際化」も促す。その結果、新技術・新部材を活用した生産性向上や新製品の供給が可能になろう。本連載では、経済開放が中小を含む幅広い日本企業のイノベーションに貢献するメカニズムを解説し、経済開放を巡る新視点を提起する。

2012年3月28日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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