やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第2回 輸出開始の効果

八代 尚光
コンサルティングフェロー

イノベーションは革新的な製品や生産・経営技術の開発、もしくは既存の製品、技術の改善と考えることができる。イノベーションは中長期的な経済成長の源泉だが、企業にとってイノベーションヘの投資は大きな固定費用と不確実性を伴う。それだけに相当の期待収益の改善が見込めないとこれは容易でない。

一方で輸出を始めれば、海外市場からも企業はイノベーションの成果を回収できるようになる。国内市場にとどまる限り採算がとれない研究開発投資も、輸出開始による期待収益率の上昇を前提とすれば、実施が可能となる。海外市場へのアクセス改善などを通じ輸出の参入費用を低減させる経済開放によって、輸出を前提としたイノベーション活動は活性化しよう。

加トロント大学のD・トレフラー教授らは、米加自由貿易協定の発効時に輸出を開始したカナダ企業のうち、もともと生産性が低く輸出に参入する確率が低かった企業ほど、新技術への旺盛な投資を行い、大きな生産性の改善を実現したことを発見した。この事例は、輸出やイノベーションに際し資金面などで制約に直面する中小企業にとって、経済開放が重要な成長の機会であることを示唆する。

さらに、輸出による海外市場での顧客や競争相手とのやり取りを通じ国内にない技術や情報が吸収され、これをイノベーションに還元する道も開ける。貿易や対外直接投資は、企業が世界の知識ストックからイノベーションのシーズ(種)を得る重要な手段であり、こうした活動を遮蔽された産業や国は発展余地が大きく制約されてしまう。

ただし、輸出が直ちにイノベーションをもたらすわけではない。中小企業庁が2008年に実施したアンケート調査を基に筆者が行った研究では、輸出企業が新製品の開発や生産効率の改善に成功する上で、輸出開始後の情報収集や研究開発といった企業努力が重要であることがわかった。

少子高齢化による国内市場縮小で日本企業のイノベーションに対する収益率が低下している恐れがある。経済開放は日本企業の海外市場シェア確保というだけでなく、より多くの日本企業によるイノベーションを活性化させ、長期的成長力を高める上で重要である。

2012年3月29日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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