やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第7回 国際的な価値連鎖

八代 尚光
コンサルティングフェロー

輸出や海外生産といった企業活動の国際化は、国際化したバリューチェーン(価値連鎖)への部材などの供給という形をとることが少なくない。新製品の企画にはじまり、開発、デザイン、基幹部品の製造、最終商品への加工組み立て、流通、マーケティングに至る一連の価値創造活動は、貿易費用と情報通信費用の低下を背景に、費用や技術面で最も競争力の高い国に分散している。

こうした国際的な価値連鎖の中では、企業は同じ製品の異なる製作工程に特化する。米アップルの高機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」の場合、開発と流通をアップルが担う一方、韓国のサムスン電子などが基幹部品を提供。台湾系OEM(相手先ブランドによる生産)大手のフォックスコンが加工組み立てを行っている。こうした価値連鎖への参加で、独自の販路開拓なしに海外需要を獲得することができるようになる。資源制約の強い中小企業などには有望な国際化戦略といえよう。

ただその際実現される価値は、参加者の活動内容次第で著しく不均等に分配される。ブランドや基幹部品のような代替困難な要素を提供する企業は高い収益を実現するが、加工組み立てなど競合他社への代替が容易な要素を提供する企業が得られる収益は限られる。

したがって、日本企業が国際的な価値連鎖への参加を大きな成長につなげるには、他社への代替が困難な技術・知識集約度の高い活動で競争力を発揮することが重要となる。こうした競争力は高度な技術や認知度の高いブランドなどの模倣困難な無形資産の保有によって規定される。

他方、各国の企業はこうした活動を獲得すべく常に競争しているため、高収益を維持する上で、他社の追随が困難な分野へコアコンピタンス(得意分野)をシフトさせる必要がある。

米カリフォルニア大学バークレー校のD・ティース教授は、新たな収益機会を迅速に識別し、既存の有形、無形の資産と組織形態を迅速に再編成することでこうしたシフトを実現する能力を「動学的能力」と呼んでいる。日本企業には、ブランドや動学的能力のような模倣困難な無形資産への戦略的投資を強化することが求められるだろう。

2012年4月5日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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