やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第6回 外資の波及効果

八代 尚光
コンサルティングフェロー

外資企業の参入は、新たな雇用機会や財・サービス需要を創出するだけではない。競争や取引関係を通じて周辺の日本企業に技術や知識が波及することでイノベーションを活性化する効果も期待される。例えば英インペリアルカレッジのJ・ハスケル教授らは、ある産業の雇用に占める外資企業の比重が10%高まると、同じ産業の英国企業の生産性が平均的に0.5%上昇すると報告している。

波及効果の具体例はいくつかある。外資企業の製品の解析で具体化された技術などを学習するリバース工ンジニアリングは代表例だ。従業員、技術者の転職による知識の伝搬、あるいは外資企業による先端技術の活用を観察することで地場企業の技術導入が容易となる「デモンストレーション効果」も指摘されている。

波及効果を実際どれほどイノベーションと成長につなげられるかは、企業の日ごろの努力がものをいう。特に研究開発活動は企業が外部知識を吸収する能力を形成すると考えられている。他方、外資企業との競争は地場企業の売り上げを圧迫するため、競争力の弱い企業は負の効果が波及効果を上回る可能性もある。外資企業と地場企業の生産性格差が大きい発展途上国では、産業内の波及効果はしばしば不明確になる。

他方、外資企業が提供する高性能な中間財を投入することで、地場企業は新製品開発や品質向上が可能になる。また外資企業へ部材を納入する地場企業は先端的な技術や設備の移転を受ける可能性がある。こうした産業連関を通じた波及効果が地場企業の生産性に重要に寄与することが、中国をはじめとする国々で報告されている。

外資企業からの波及効果は、製造業と比較して生産性が伸び悩むサービス産業では特に重要である。経済開放は国内産業への外資参入を促進し競争圧力を高める一方、意欲ある企業のイノベーションを活性化させる。また、経済協力開発機構(OECD)エコノミストのC・パウノフ氏らはチリ企業のデータから、サービス産業における外資参入が製造業部門の企業の生産性を上昇させると報告している。これはサービス産業の低生産性による製造業の高コスト構造に悩む日本経済に重要な示唆を与える。

2012年4月4日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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