やさしい経済学―経済開放とイノベーション

第5回 輸入と産業高度化

八代 尚光
コンサルティングフェロー

「安価な輸入品の流入が国内産業を破壊する」という論調はよくあるが、実際は輸入は経済発展や産業高度化に貢献してきた。今回は輸入がイノベーションに寄与する仕組みをみよう。

企業は輸入財として具体化された外国企業の技術をそのイノベーションに活用できる。良質な輸入財の投入により、生産効率改善や国内になかった革新的新製品の供給が可能になる。こうした輸入の貢献は発展途上国に関しよく報告されるが、先進国企業のイノベーションと競争力にも輸入は重要な役割を担っている。

経済協力開発機構(OECD)が開発した多国間比較が可能なSTAN産業連関表によれば、G7諸国の製造業輸出の2割弱から3割強が輸入された中間財によって生産されている。また輸入を行う企業は実際にそれ以外の企業よりもパフォーマンスが高い。

米コロンビア大学のE・ヴァーホーゲン教授らの研究によれば、コロンビアの場合、輸入企業はその他の企業に比べ生産性が14%程度高い。経済開放によって関税などの輸入費用が下がれば、中小企業を含むより多くの日本企業が優れた輸入部材を活用しやすくなる。米ニューヨーク連銀のエコノミスト、M・アミティ氏らはインドネシア企業のデータから、中間財に対する輸入関税の削減は最終財に対するそれよりも地場企業の生産性を大きく改善すると報告している。

また輸入財との競合により、生産性向上や輸入財との差異化を志向するイノベーションが促される。特に途上国からの輸入増は先進国企業の活動を技術や知識集約度の高い分野にシフトさせる。米スタンフォード大学のN・ブルーム准教授らは、欧州企業による従業員1 人当たり特許申請数の増加の約2割は中国からの輸入の増加に反応したものであると主張している。

むろん、輸入財との競争で退出を余儀なくされる企業も存在する。だが輸入をイノベーションにつなげて成長する企業が存在することを軽視すべきではない。競争力の高い企業への市場と資源の再配分を通じ産業レベルの生産性を向上させることは輸入の重要な貢献である。こうした機能を産業活性化に最大限に活用する上で企業間の円滑な労働移動が鍵となる。

2012年4月3日 日本経済新聞「やさしい経済学―経済開放とイノベーション」に掲載

2012年4月12日掲載

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