やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障

第7回 介護の決定要因

清水谷 諭
コンサルティングフェロー

高齢社会の日本で介護は最大の老後不安のひとつである。2000年度に3.6兆円だった公的介護保険の総費用は、09年度では予算ベースで7.7兆円と、10年足らずで倍増した。

財政悪化を背景に、最近は介護保険の利用を抑制する方向に政策転換している。だが実効性を持たせるには、多様な高齢者の健康や経済状況を踏まえ、インセンティブ(誘因)を活用するというミクロ面での裏付けが必要だ。現在の抑制策の目玉は介護予防の導入だが、実証的根拠は十分でない。

ミクロ面から介護保険を考える際に重要な論点は、家族介護と介護保険を通じた介護サービスとの代替補完関係だ。家族介護は配偶者や子どもの有無だけでなく、介護を提供できる状況にあるか否かに左右される。独居老人も、経済的に恵まれ自ら独りを選んでいる人もいれば、介護が必要でも身寄りがなくやむを得ない人もいる。また家族介護と不可分なのが遺産動機だ。介護してもらう代わり遺産を渡すという戦略的動機は、家族介護を左右する大きな要因である可能性が高い。

しかし介護提供が可能な家族・親族の状況や遺産のデータを総合的に把握したデータは皆無に近く、分析は遅れていた。「くらしと健康の調査」(JSTAR)では子どもや親の属性や、対象者本人が親や子と接触する回数、さらに遺産の額と配分についても詳細に聞き取っている(死亡時は遺族に聞く)。実際に、例えば子どもとの接触回数1つ取っても、地域や個人によって非常に異なっている。

また孤独死や独居老人が急増しているなかで、介護の担い手として「地域」の役割が強調されるようになっている。特に人々の助け合いや信頼関係といった無形の資本に着目した「ソーシャルキャピタル」という概念が注目されている。ソーシャルキャピタルの豊かな地域は、全体の健康水準も高く、健康格差も小さいとの研究もある。JSTARの「同じ地域の人たちを信用できるか」という質問では、都市部と地方部の違いはもちろん、同じ地方部でも自治体による差が大きかった。

ただ人々の信頼関係が濃密といったソーシャルキャピタルが豊かであることを示すような事実に関し、結局はそれが個人の特性によるものなのか、個人を超えた地域の特性に基づくものなのか、を判別するのは容易ではない。ミクロベースでの細かい分析によって、ソーシャルキャピタルの実態や本質が明らかになれば、介護政策で地域をどう位置づければよいのか、全体像が見えてくるだろう。

2011年9月20日 日本経済新聞「やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障」に掲載

2011年11月2日掲載

この著者の記事