日本の多くの経済関連の調査では、質問項目が特定の側面に偏っている、同じ調査対象の経時的変化を比較できない、国際比較の観点があまり考慮されていない、さらに一般の研究者が利用できないものが多いなどの点が指摘されてきた。中高年を対象とした調査も状況は同じで、社会保障政策の効果の検証が難しかった。その中で「世界標準」の中高年パネルデータ構築の試みは遅れていた。
一方、米国では「HRS」とよばれるパネル調査が1992年から開始され、同様に英国では「ELSA」が2002年から、欧州の大陸諸国でも「SHARE」が04年から始まった。前後してメキシコや韓国でも調査が開始された。
こうした状況を踏まえ、日本でも05年に入り、経済産業研究所の吉冨勝前所長を中心に「くらしと健康の調査」(JSTAR)が企画され、07年に第1回調査が実施され、今年は第3回調査が実施中である。これまでは日本学術振興会の特別推進研究「世代間問題の経済分析」プロジェクトなどの協力を得てきた。
JSTARでは各国の調査チームとの緊密な連携の下、同じ基本設計を採用。面接の際に質問票を内蔵したコンピューターを用いるCAPIと呼ばれる方法を使っている。初回は平均2時間程度かけて生活全般の聞き取りを行うが、CAPIによって質問時間の短縮が可能になった。また例えば、所得の額がわからない場合、いくつかの値を提示し、その値より大きいかどうかを尋ねながら範囲を狭めていくことで、所得・消費・資産など特に重要な経済変数への無回答を減らすよう工夫されている。2回目の調査以後は、前回調査の回答を踏まえた質問ができるようになった。 一方、日本で独自なのは、まず自治体を選び、その中から比較的多くのサンプルを無作為に抽出することで、同じ環境下におかれた個人の行動を比較できるように設計されている点だ。このため自治体の政策評価にも直接役立てることができる。すでに第1回調査の結果は、研究目的のために利用可能である。
JSTARに対する関心は海外でも高い。日本人の寿命の長さ、引退時期の遅さ、さらには医療費の国内総生産(GDP)比率の低さなど日本の優れた特徴の要因の解明につながると期待されているからだ。世界標準仕様であるからこそ、世界の高齢化問題の解決に貢献できる知見を提供できよう。次回から、これまでの調査結果から明らかになった事実を、現在進行中の研究成果も含めていくつか紹介したい。
2011年9月14日 日本経済新聞「やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障」に掲載