豊作なのに価格が上がる不思議なコメの経済学

山下 一仁
上席研究員

数日前、自らも大規模に稲作を経営し、かつグループの農家から年間5万俵のコメを集荷し、販売している企業的な農家の人が、私にこう言った。「コメというのは不思議な作物ですね。豊作なのに、価格がどんどん上がるのですから」

農林水産省が10月30日公表した平成24年産の作況指数(平年=100)は「やや良」の102だった。これは20年産以来4年ぶりの豊作である。他方、同日農林水産省が公表した24年産米の集荷業者(JA農協)と卸売業者の相対取引価格(米価である)は、9月の平均で60キログラム当たり1万6650円である。震災の影響で高値となった前年産をさらに上回り、前年同月に比べ10%上昇した。供給が増えているのに、価格が上がっているのである。

コメが他の作物や品物と違うわけがない。供給が増えれば価格が下がるし、供給が減れば価格は上がる。これまでも豊作の時は価格が低下し、不作のときには価格が高騰している。例えば、平年作に比べ10%の生産減となった15年産については、米価は前年比30%増加の2万2000円(60キログラム当たり)となっている。

モノの価格が、需要と供給の道理から離れた動きをする場合には、裏に何らかの人為的なものが働いているはずである。前述の農家によると、カラクリはこうである。21年産米の価格が低下したので、農協はいったん農家に仮払いした金(仮渡し金)の一部を取り戻した。これは農家の不興を買った。これに加え、震災後農家がコメをなかなか手放さなかったこともあり、23年産米の全農(JA農協の全国連合会)の集荷量は大幅に落ち込んでしまった。取引先にコメを販売できなくなった全農が、24年産米については、通常年より2000円(15%)高い仮渡し金を傘下の農協に提示して、コメの集荷を強化しているからだという。10月30日の米価公表の際、農林水産省も、米価が上がったのは、農協が仮渡し金を上げて、これを米価(卸売業者との相対取引価格)に転嫁しているからだという説明をしたと報じられている。

しかし、それにしても何か変である。震災の影響による23年産米の価格上昇は別にして、米価は国内消費の減少を反映して傾向的に下がっている。13年産米と比べると、22年産米は25%も低下している。いずれ米価は下がるはずである。先の農家も同じ見方をしている。そうすると、高い価格で集荷した農協は大きな損失を被ることになる。商売に聡い全農がそんなことも考えずにやみくもに集荷しているとは、到底考えられない。もう1つのカラクリが隠されているはずである。

コメも他の品物とおなじく需要と供給で価格が決まると述べた。しかし、コメが他の作物や品物と大きく異なる点がある。それは、農政が深くかかわる政治物資であるという点である。

現在のコメ農政の基本は戸別所得補償政策である。これは、農家への保証価格1万4000円と、市場価格(米価)から農協の手数料を差し引いた農家手取り価格(想定しているのは1万2000円)との差を、財政により農家に支払おうとするものである。1万4000円と1万2000円の差の2000円に単位面積当たりの収量を乗じた10アールあたり1万5000円は、米価のいかんにかかわらず交付される。たとえば、農家手取り価格が2万円になっても、これは交付される。したがって、農家にとれば、米価が上がれば上がるほど得をする仕組みである。これに2000億円の予算が用意されている。

1万2000円より米価が下がれば、どうなるのか。それより下がった分も農家に交付される。これに1400億円の予算が用意されている。つまり、いずれかの時点で米価が低落しても、農協は農家に支払った仮渡し金の一部を取り戻せばよい。それは、戸別所得補償政策によって農家に支払われることになるから、負担するのは、納税者、財政で、農家も農協も懐は痛まない。戸別所得補償政策が導入されたのは22年産米からである。戸別所得補償政策がなかった21年産米では、仮渡し金の取り戻しは農家の不興を買ったが、今では問題がない。

つまり、農協は、戸別所得補償政策を前提として、高い仮渡し金による集荷力の強化を行っているのだろう。米価上昇に隠されたカラクリは戸別所得補償政策なのである。

2012年11月2日「WEBRONZA」に掲載

2012年11月27日掲載

この著者の記事