雇用改革の副作用 配慮を

山口 一男
客員研究員

安部晋三政権の成長戦略「日本再興戦略」では、雇用制度改革、特に「女性の活躍推進」が計画されている。

日本では男女共同参画社会基本法(1999年)やワークライフバランス憲章(2007年)をはじめ、仕事と生活の両立を促進し、男女に平等な社会的機会を与えるための法や理念が整備されてきた。しかし現実の女性の活躍の推進は他国に比べスピードが遅く、男女格差を示す国際的指標ではむしろ順位を下げつつある。世界経済フォーラムが公表している12年のジェンダー格差指数では、「女性の経済的機会と参加度」で日本は135国中102位と極めて低い。そんな中で女性の活躍の推進を政策目標に挙げたことは高く評価できる。

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しかし、政策の意図が正しくても「意図せざる結果」を生む懸念もある。政策・制度の「意図せざる結果」は、新たな政策・制度が負担・コストをもたらすと考える行為者が、そのコストを回避する選択をすることで生じる場合が多い。労働政策の場合、意図に反する企業のコスト回避手段を制限する一定の公平原理を同時に推進しないと、人材活用を進めるはずの制度が、かえって社会的機会の不平等を増す結果を生むので注意を要する。

一例を挙げよう。民主党政権下での労働契約法改正(13年4月施行)では5年を越える有期雇用者の正規雇用化が義務付けられた。これは有期雇用者の雇用の安定を意図したものだが、実際には「5年以内の雇い止め」を促進するという意図しない結果を生む可能性が高い。

一般に有期雇用は企業にとって雇用調整の柔軟さを確保する目的以外に (1) 人件費削減 (2) 無期雇用者の候補を選ぶ試験雇用という異なる目的が考えられる。後者の場合、有期雇用は無期雇用への足がかりとなる可能性があるが、日本における実証分析ではそうなっていないことが示されており、有期雇用は企業の人件費削減策とみなせる。この場合、有期雇用者の無期雇用化は企業にとってコスト負担が大きく、同法が5年以内の雇い止めを促進する可能性が高い。

一方、同様な法的義務のある欧州連合 (EU) 諸国では、97年のEU パートタイム労働指令と08年のEU 臨時派遣労働指令により、フルタイム・パートタイム雇用者間および一般雇用者と臨時・派遣雇用者間の均等待遇も義務づけられている。そのため、企業の有期雇用で人件費は削減できず、意図せざる結果は起こらない。日本の労働契約法改正が非正規雇用の正規雇用への足がかりとなるには、08年のパートタイム労働法改正で導入された「均衡待遇」概念からさらに進んで正規・非正規雇用者間の均等待遇の実現により、企業の人件費削減目的の有期雇用を制限することが不可欠なのである。

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さて、今回の安倍政権の雇用制度改革であるが、このままでは意図せざる結果を生む可能性の高い施策がある。

第1に「いきすぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」である。多くの日本企業は有期雇用者や中途採用者の給与を、前職に関わらず類似の職の正規雇用の1年目の給与に合わせる慣行がある。「職能」評価を社内での年功にからめ、社外での業績は業績と考えない慣行だが、その企業でのみ通用する特殊な知識への人材投資が大きく減りつつある今日、社内の年功に基づくこのような報酬慣行は極めて不合理である。

企業が社外・社内にかかわらず個人の業績を適正に評価する報酬制度に移行することを国が支援し、企業を越えて労働者がキャリアを形成することの難しさを軽減する必要がある。それなくしては労働の需給マッチングをより円滑にするはずの「労働移動支援型」政策への移行が、移動する労働者のキャリア発展を阻害し人材活用の非効率を生み出すという意図せざる結果を生む可能性が大きい。政策の実現にはそれと整合的で公平な報酬原理の推進が必要なのである。

第2に「子供が3歳になるまで育児休業・育児短時間勤務をしやすい職場環境整備」である。仕事と育児の両立の選択肢を増やすという趣旨はよいが、ここでも意図せざる結果を生む可能性が大きい。日本では従来、女性の高い離職率を理由に、総合職・一般職の区別など、男女が大きく分離されるコース制の導入で女性の多くを人材投資の対象からはずし賃金上昇率も抑える雇用慣行が普及し、それが女性活用の推進を著しく阻んできた。筆者の計量分析では、男女賃金格差を生む最大の原因はこのような「間接差別」の制度である。

米国では71年の連邦最高裁判決で、差別の意図の有無にかかわらず、男女間など属性グループ間で賃金や昇進率など結果の違いを生む慣行制度を差別とみなし禁止した。一方、日本の06年の雇用機会均等法改正では、性別以外の基準によって女性が男性に比べ不利益を被ることを「合理的理由なく講じること」を間接差別と定めた。しかし何が「合理的」なのか明確な基準が示されず、この定義では事実上、差別の意図ではない他の理由なら間接差別ではないとみることにつながる。実際、コース制は間接差別の具体例とはされていない。

このような中で今までより長期の育休・育児短時間勤務が増えると、仮に女性の育児離職率が下がっても、女性は平均的にコストが高いと企業が判断し、女性の正規雇用を控えたり、女性への人材投資をしなかったりする従来の慣行が更に強化されかねない。米国のように間接差別をより包括的に法で定義して防止するとともに、長時間で柔軟性の無い働き方のみ戦力と見る従来慣行を企業が見直し、働き方の多様性にかかわらず企業が公平に人材活用対象とみなす制度・慣行に切り替えることを促進する必要がある。

この点、育児休業者の復職支援や、在宅勤務制度の促進が雇用制度改革に盛り込まれたことは多いに評価できる。後者については育児と仕事の両立上も、時間や場所の制約を超えて高い生産性を維持できる労働者を生む上でも重要であるが、在宅勤務を労働基準法の深夜割増賃金の適用外としないと、企業にとって不合理な負担となり普及が遅れる可能性もある。これも新しい公平な報酬基準の確立の問題である。

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これらの事例はみな、意図する政策と整合性が高くかつ経済合理性に反しない報酬制度や社会的機会のあり方など新たな公平原理に基づく制度を同時に推進しないと、雇用制度改革や女性の活躍の推進が意図せざる結果を生む可能性があることを示している。

その防止には、新たな条件の下で企業がコスト回避のため政策意図に反する結果を生む選択をとることを制限する必要がある。それは企業に不合理を強いることではない。既存制度の存続を前提としたコスト回避手段ではなく、より広く公平な機会を雇用者にもたらす制度に切り替えることで、より合理的な雇用制度・慣行を企業が自ら生み出すことを促す政策なのである。

今回の雇用制度改革案に盛り込まれなかった重要施策も多い。先述した有期雇用と無期雇用との均等待遇の実現や、より包括的な間接差別禁止の政策のほかに、企業の男女別の人事基本統計の「見える化」も盛り込まれなかった。企業の人材活用のありかたの透明性を高めることで、労働者、消費者、投資家が開かれた市民社会にとって望ましい企業を選別できる。そのような企業が市民に支援されて栄える社会の仕組みを作る上で、この「見える化」の政策は重要なのである。

2013年7月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年7月31日掲載