男女間の賃金格差縮小策-仕事と家庭の両立支援で

山口 一男
客員研究員

日本の男女の賃金格差はなぜ縮小が進まないのか。格差の存在に経済合理性があるのか考えてみよう。

川口大司・一橋大学准教授と浅野博勝・亜細亜大学准教授の共同研究によれば、同一企業内では男性に比べた女性の相対労働生産性は、男性に比べた女性の相対賃金とほぼ同等に低い。これを「女性の賃金は低いが生産性も低いから公平だ」とみなすのは誤りだ。「日本の企業の女性活用のレベルが低く経済的に不合理だ」ととらえなければいけない。生産性に賃金をマッチさせるのは経済合理的だが、女性の賃金を低く抑える結果、生産性も低める「逆マッチング」になっているからだ。

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米シカゴ大学のケーシー・マリガン教授によると、1970年代半ばには米国の女性の国民総所得は男性の約3分の1だったが30年後には約3分の2になり、その間男性の総所得が実質で増加しなかった一方、女性の総所得は約2倍になった。これは、この間の米国の国民総所得の伸びは100%女性が貢献したものだという見方ができることになる。女性の総所得の増加は、主に既婚女性の就業率上昇と男女の時間当たり賃金格差の縮小でもたらされた。

日本では女性活用が相対的に遅れている。雇用形態別の時間当たり賃金の男女格差をみると、賃金格差は男性100に対し女性はフルタイム正規で70と最大(パートタイム非正規は89)であるが、女性が低賃金形態での雇用割合が多く、雇用形態の構成の影響を加味すると、格差は62に拡大する(表)。つまり女性の人材活用を質で測ると、現状は理想の約6割ということである。

表 男女別の雇用形態別就業者割合と時間当たり賃金

一方、主な雇用形態にして男女別に年齢変化をみると(図)、フルタイム正規では年功賃金プレミアムの男女の違いによる年齢増加に伴う格差増大が顕著である。

図 年齢別の時間当たり賃金

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こうした男女の賃金格差を要因別に分解すると、(1)男女の雇用形態の違いが31.3%、(2)フルタイムで正規雇用者内での男女の賃金格差が55.1%、(3)フルタイムで非正規雇用者内での男女の賃金格差が4.4%、(4)パートタイムで正規雇用者内での男女の格差が0.2%、(5)パートタイムで非正規雇用者内の男女の格差が5.0%、(6)雇用者の年齢分布の男女差が4.0%となった。主な要因は(1)と(2)で、8割以上が説明される。

最大の要因であるフルタイム正規雇用者内の男女賃金格差(2)のうち、勤続年数の違いによる差は約13%でしかなく、残りの約87%は昇級機会や年功賃金プレミアムの違いによるものだった。

正規雇用者内の男女格差を生み出す制度的原因となっているのは、コース制や職能評価での女性の差別的取り扱いがある。筆者はその根底には、統計的差別の問題があると見ている。統計的差別とは、個人の資質が不確定なため平均の特質を一律に当てはめることで、E・フェルプス米コロンビア大教授がその合理性を示した。具体的には女性の結婚・育児での離職率が大きく(約7割)、企業がそれをコストと見るため、その平均コストを組み込んで女性の賃金を一律に低くするものだ。

だが筆者は統計的差別の理論は誤りだと考えている。詳しくは近著『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を参照されたいが、特に日本の場合、様々な形で有能な女性人材が活用されない結果、大きな機会費用が生まれている。例えば統計的差別は、企業が離職を予想して差別するから女性が離職を選ぶという「予言の自己成就」を生み、より高い賃金がふさわしいと考える比較的生産性の高い女性の離職傾向を強める「逆選択」をもたらす。

また、S・コート米コーネル大教授とG・ラウリー米ブラウン大教授の理論モデルを応用すると、コース制での一般職女性の差別的取り扱いは、彼女たちの自己投資へのインセンティブ(動機づけ)を低め、結果として生産性を下げ、前述の逆マッチングの原因になる。2人はこの問題解消に一定条件の下で積極的な女性登用を政策的に進めるポジティブ・アクションが有効だと主張した。

だが最大の問題は、企業が一般職の年功序列プレミアムを低く抑えたり女性の昇進機会を狭めたりするといった形で女性が離職してしまう場合のコストだけを注視し、女性が離職する確率を下げようとしない点にある。女性の離職リスクは差別でむしろ高まっている。

欧米企業がダイバーシティ(多様性)推進やワークライフバランス(仕事と生活の調和)施策を進めるのは、もっぱら優秀な女性を確保するためだ。多くの女性は仕事も家庭も犠牲にしたくない「両立志向」が強い。家庭の犠牲を強いる雇用制度では女性を有効に活用できない。一般に企業が一定の働き方を雇用者に押しつけるのではなく、多様な働き方の選好を尊重することが男性を含め「両立志向型」雇用者活用の鍵だ。企業のワークライフバランス施策はまさにそのために存在する。

男女の賃金格差の第2の要因である雇用形態の男女差は、3つの構造的要因により生まれている。1つめは、日本の正規雇用が初職時に偏り、育児離職後の再雇用に正規雇用の機会が少ないことである。2つ目は日本では短時間正社員制度が普及しておらず、短時間勤務を選ぶことが非正規雇用に結びつくことである。そして3つめは、いまだフルタイム・パートタイム雇用者間の時間当たり賃金の均等待遇がないことである。

筆者のシミュレーションによると、3つの要因すべてが同時に解決しないと、格差は解消しない。例えば正規雇用でフルタイムとパートタイムの待遇が均等になっても、パートタイム正規雇用が普及しないとほとんど意味がない。

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女性を有効に活用するには、(1)生産性向上のインセンティブを一般職から奪うコース制を廃止する、(2)女性が育児時期には短時間勤務を好むことに配慮し、事情に応じてフルタイム・パートタイム勤務を選択できる制度を確立する、(3)1日当たりでなく時間当たりの生産性を成果の尺度として、フルタイムとパートタイムの待遇を均等化する、(4)復職の権利を保障した育児離職制度など優れた人材の正規再雇用の道を開く、(5)適正な基準でポジティブ・アクションを推進する、などが大切である。

またワークライフバランスを、福利厚生でなく、多様なライフプランを持つ人材を広く活用する観点で推進すべきである。長期雇用を前提とした従来の日本の雇用慣行を全否定するわけではない。長期雇用や人材投資の見返りを前提とする雇用者の活用しか考えないため、そこから外れる人の自己啓発のインセンティブや就業意欲を奪い、生産性向上を引き出そうとしない人材活用の一面性が不合理なのだ。これは男性を含む非正規雇用者の活用でも同様だ。

家庭との両立で葛藤を抱える女性に対し慰めたり励ましたりする「情緒的支援」も重要だ。育児・家庭の役割との両立で生じるストレスは職場環境次第で大きくも小さくもなる。過度なストレスは生産性にマイナスである。

一般に時間当たり生産性の評価は成果主義と結びつくが、個人の業績だけで成果を測ると、その個人が持っているノウハウやネットワークといった情報の共有が進まないといった負の効果が生まれる。これをなくすためには、個人の成果だけでなく、同僚や部下の生産性向上の支援も評価されるべきであり、情緒的支援も同僚の仕事に活力を与えることである。米国ではダイバーシティやワークライフバランス推進を中間管理職の業務評価基準の1つとする企業も多い。制度的改革だけでなく、他者の生活に配慮することで、同僚や部下に働く活力を与えられる管理職の育成と評価も重要である。

2008年6月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年7月2日掲載