ワーク・ライフ・バランスと男女共同参画、少子化問題

山口 一男
客員研究員

ワーク・ライフ・バランスの意義

ワーク・ライフ・バランスには、(1)人々が柔軟に働くことのできる社会をつくる、つまり雇用や労働市場のあり方を改革すること、(2)柔軟な働き方を通じて、職業生活や家庭生活の満足度を高められるようにすること。という2つの側面があります。

ワーク・ライフ・バランスを進める主な理由は、3点あります。

第1に、男女共同参画社会を前提とするとき、より短時間の勤務や柔軟性のある働き方を望む女性人材を活用するときには、特に女性にとってファミリーフレンドリーな職場環境とともにワークフレンドリーな家庭環境・地域環境が必要になります。

第2に、少子化時代になると、女性の人的資本の家庭外の活用が一層必要となりますが、仕事と家庭の役割の両立度を社会的に高めないと、晩婚化・非婚化や少子化に拍車をかけてしまいます。また、女性の高い育児離職率を維持し、女性人材の活用が進まず、女性への統計的差別を再生産するという意図せざる結果を生んでしまいます。

第3に、人々の多様性を前提とするとき、人々の選択の幅が広いことが、人生の満足を得るためには極めて重要になります。経済的合理性も、本来は、選択の自由と理論的には不可分のはずです。しかし現代日本は、個人の選択の自由が狭められ、働き方と生活のバランスが著しく崩れているのが実情です。よって、より柔軟な働き方を可能にすることと経済的生産性との関係の根本的見直しが重要になります。

では、第1の理由について、アメリカの状況を簡単にご説明いたします。

シカゴ大学経済学部のケイシー・マリガン教授によると、1970年半ばの女性の国民総所得は、男性の国民総所得の約3分の1でした。現在は、女性は男性の約3分の2です。この間、男性の総所得は、インフレ調整などをした結果、実質では全く増加していないのに対し、女性の総所得は2倍近く伸びています。したがって1970年代半ば以降のアメリカの国民総所得の成長は、すべて女性の総所得の伸びによるものです。このことは主に、女性の雇用拡大と時間当たりの男女の賃金格差の減少により、もたらされました。しかし一方で、男女の雇用者の1日当たりの就業時間差は比較的大きく残っており、現在の国民総所得の主な男女格差の要因となっています。

また、ジェイコブとガーソンは著書『Time Divide』の中で、「柔軟な勤務と所得のトレードオフは、独身者の男女差は少ないが、結婚すると男性は勤務が柔軟でなくてもより大きい所得の職を、女性は所得が少なくてもより柔軟な勤務の職を選好する傾向が顕著に見られる」としています。つまり女性の活用には、短時間正規勤務と柔軟な勤務が非常に重要になってくるのです。

女性の労働力参加率と出生率の真の関係

OECD諸国では、1980年以前は、女性の労働力参加率の高い国ほど出生率が低い状況でした。つまり、女性の労働力参加率と出生率が負の相関を持っていたのですが、1990年代になると、逆に正の相関を持つようになりました。

ドイツのケーゲル博士は、国別固定効果を仮定するモデル*で研究をし、「出生率と女性の労働力参加率の関係は、現在に至るまで負である。ただし、1985年前後を境に、負の関係の強さは弱まっている」と結論づけています。ただ彼は、弱まった理由までは、説明していません。そこで「なぜ弱まったのか」について分析したのが、2005年の私の研究です。

*出生率の決定要因には、それぞれの国特有の観察できない個別要因があると仮定し、出生率の変化率に対する女性の労働力参加率の変化の影響のみをみるモデル)

まず、2つの仮説を立てました。1つは交互作用効果仮説、つまり、「女性の労働力参加率の出生率に対する負の影響は、仕事と家庭の両立性に依存しており、両立性が高まると影響は弱まる。近年は両立性が高まったので負の影響が弱まった」という仮説です。もう1つは、相殺的間接効果増大仮説。「女性の労働力参加率の出生率に対する負の影響は、直接的負の影響のほかに、仕事と家庭の両立性を通した正の影響がある。近年は後者の影響が増したので負の影響は弱まった」というものです。

この仮説のもと、仕事と育児の両立度(育児休業や託児所が充実しているか等)と雇用や勤務の柔軟性(フレックスタイム制度や質の高いパート職の普及度等)と女性労働力参加率が出生率とどう関係するかを分析しました。その結果、「女性の労働力参加率の増加は、平均的には依然として出生率の減少と結びついているが、仕事と育児の両立度も雇用や勤務の柔軟性も出生率を増大させ、また後者の影響の方が多い。女性の労働力参加率の増加率と出生率の増加率の負の関係は、雇用や勤務の柔軟性が大きいほど減少する」ことがわかりました。つまり、「育児と仕事の両立度」よりはむしろ「雇用や勤務の柔軟性」が、女性の労働力参加率の増加が出生力低下をもたらさないために重要なのだとわかったのです。男女共同参画と少子化対策を矛盾させないためには、この柔軟性が非常に重要なのです。

ワーク・ライフ・バランスと夫婦関係満足度

次に、少子化対策のもう1つの視点として、ワーク・ライフ・バランスと夫婦関係満足度の関係も重要であることを指摘したいと思います。

夫婦関係満足度と少子化には、次の3つの関係があります。(1)夫婦関係満足度の高さは、有配偶女性の第一子目と第二子目の出生意欲に大きく影響している。(2)夫婦関係満足度の低さは、高い離婚率と結びついている。(3)第一子目を生んだ後の育児負担による夫婦関係満足度の低下が第二子を生む主な障害となっている。

では、夫婦関係満足度を決定する要因は何でしょうか。家計経済研究所の「消費生活に関するパネル調査」を使って夫婦関係満足度の個人内変化の決定要因を調べました。これは、25歳から34歳までの女性を、1994年から2001年まで追った結果です。

まず、妻の結婚満足度の構成要因として最重要である夫への精神面での信頼度に一番影響与えているのは結婚継続年数です(結婚年数が経つにつれて信頼度が下がります)が、主要生活活動(休日の「家事・育児」、「趣味・娯楽・スポーツ」「くつろぎ」、平日の「食事」と「くつろぎ」)の夫婦共有、夫婦の平日会話時間、夫婦の共有休日生活時間、夫の育児分担割合といったワーク・ライフ・バランスの特徴も大きく影響します。また夫への経済力信頼度には、夫の収入が一番影響しますが、主要生活活動の共有や夫婦の平日会話時間など、一見、経済力信頼度に無関係な要素も影響しています。つまり、夫婦関係満足度に、こういったワーク・ライフ・バランスの特徴が大きく影響するということがわかったのです。またワーク・ライフ・バランスは、夫婦関係満足度への影響を通じて妻の出生意欲に大きく影響します。

結論としてワーク・ライフ・バランスには、職場の勤務や労働市場(雇用形態)の柔軟性など家庭の外での制度の変革が必要ですが、それとともに夫婦の家庭の中での過ごし方にも変革が必要となります。夫婦がともに過ごす時間にお互いの心の支えとなるような質を与えることが重要です。質といっても難しいことではなく、平日はともに食事とくつろぎの時間を持ち、休日にはくつろぎに加えて、家事・育児や趣味・娯楽・スポーツなどを共有し、大切にすることです。さらにそれらの生活時間に中で夫婦の会話時間を多く持つことです。

ワーク・ライフ・バランスには男性の働き方の見直しが必要不可欠

夫の残業時間の多さと帰宅時間の遅さが、平日のワーク・ライフ・バランスを難しくしています。

永井暁子氏の国際比較調査に基づいた研究(家計経済研究所、2006年)によると、午後7時までに夫が帰宅する割合は、ストックホルムで8割、ハンブルグで6割、パリで5割、東京は2割となっています。夕食を家族全員で週に何回取るかというのに対して、週7回と答えた人は、パリで46%、ハンブルグで38%、ストックホルムで32%に対し、東京では17%でした。昨年、ベネッセ教育研究開発センターが東アジア5都市で幼児(就学前の3~6歳児)のいる家庭での母親と父親の行動を調べた調査では、夫が午後11時以降に帰宅する割合は、東京25.2%、ソウル9.9%、北京2.0%、上海2.1%、台北5.0%でした。夫の帰宅時間の遅さは、アジアの中でも突出していて、ワーク・ライフ・バランスを損なう要因となっています。

では、夫が残業時間を減らして収入は減っても家族との時間を増やすとき、妻の夫婦関係満足度はどう変化するでしょうか? 夫婦関係満足度には、夫の収入が影響しているので、就業時間を短縮し、月収が10万減った場合、結婚満足度を維持するためにはどの程度ワーク・ライフ・バランスの改善が必要かを試算してみました。ただしこれは、失業の可能性は増やさず、あくまでも企業が合意の元で、残業を減らすことができることが前提条件になります。すると、平日の夫婦の会話時間が1日平均16分増加する満足度と、月収10万円が減る効果と同じであることがわかりました。休日に夫とともに大切に過ごしていると思える生活時間が54分増えること、夫の育児分担割合が現在の平均である15%から18%へ増加することができることでも同様の結果が得られました。これらのどれか1つが達成できれば、月収が10万円減っても同じだけの結婚満足度が維持できるのです。結論として、夫婦関係満足度をお金で買うことは難しいということです。

ワークシェアリングの考え方の見直しの重要性

我が国にワークシェアリングの考えが入ってきたのは、1990年代に入ってからです。景気が低迷し、労働需要が減少したとき、解雇者を出さずに社内の雇用者1人当たりの就業時間と所得を減らすリストラ対策として導入されました。

本来のワークシェアリングは、労働需要の拡大時には、1人当たりの労働時間を増やすのではなく雇用者の拡大により対応するものです。働く人々に自分自身や家族のために幸せに生活するのに必要なゆとりある時間を与え、他方で質の良い雇用をより多くの人たちと分かち合うことを意味します。また女性の専門職などで、短時間正規勤務を望む者複数で、フルタイムの代替をする働き方も意味します。

しかし我が国の場合、正社員と非正規社員の処遇や時間当たり賃金に大きな格差があり、柔軟で質の高い短時間勤務を難しくしています。このため、正規と非正規の処遇格差を是正することが重要になってきます。

ワーク・ライフ・バランスを実現するにしても、格差問題が絡んできているわけです。男女共同参画にしても少子化問題にしても同様です。

詳細な分析については、経済産業研究所のホームページに掲載されていますので、ご覧いただきたいと思います。

2006年11月号『共同参画21』に掲載

2007年1月17日掲載

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