アジア研究報告―インド・中国、高成長に課題

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

インドと中国は、世界金融危機の影響で多くの国々の経済成長が減速する中でも、高成長を持続している。2010年には中国の国内総生産(GDP)が日本を追い越したことが確実になった。

今後も、印中両国の高成長は続くと予想される。ゴールドマン・サックスは、2050年にはインドと中国のGDPが米国の0.8倍と1.3倍、日本の4.2倍と6.7倍になると予測している。こうした状況を踏まえ、日本経済研究センターでは、特にインド経済の実態について、中国と比較分析するとともに今後の課題を明らかにし、報告書をまとめた(主査は筆者)。

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中国では1978年12月の「改革・開放」をきっかけに高成長が始まった。一方、インドでは91年の経済改革が高成長のきっかけとなった。両国ともに、改革以前には規制によって労働や資本などの生産要素が非効率的に使用されていたが、改革によりこれを効率的に活用するようになったことが、経済成長につながった。特に、外資規制の緩和、さらに外資優遇策が外資流人を促し経済成長に貢献した。

近年では、外資政策に対する印中の姿勢が変化しつつある。中国は、特定業種に絞った優遇政策や、外資を国内企業と同等に扱う無差別政策に変えつつある。一方、インドは経済特区などを設立し外貨優遇政策を進めている。

印中の高成長の背景には、人口構成が経済成長に有利な状況にあるという点も見逃せない。両国では人口の中で生産年齢人口(15~64歳)の割合が高く、年少人口(0~14歳)と老年人口(65歳以上)を合計した従属人口の割合が低い。働き手1人が支える人の数が少ないことから、経済成長しやすい環境(いわゆる人口ボーナス)にある。

ただし、中国では1人っ子政策の影響から高齢化が進み、老年人口の割合が増加し、やがて人口ボーナスによるメリットは享受できなくなる。インドでは現在、年少人口が多いことから、今後、生産年齢人口が増加するが、その生産年齢人口に雇用を与えなければ、人口ボーナスのメリットを経済成長につなげることはできない。

図:インドと中国の生産年齢人口
図:インドと中国の生産年齢人口

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克服すべき課題も多い。両国に共通する課題としては、さらなる改革・開放、法制度の整備、エネルギー確保、環境改善、人材確保などがある。

両国ともに改革・開放が高成長をもたらしたが、自動車など一部の産業に対しては輸入関税や外資規制などを用いた保護政策を継続している。「幼稚産業」育成という理由から正当化できる部分もあるが、消費者や他の産業への負担を増大させ、経済成長の足枷にならないように、徐々に自由化を進めていく必要がある。

また、両国では外資制度をはじめとして労働法などの国内法制度の不透明な運用が外資進出への障害になっている。法運用の透明性向上にあたっては、安定的かつ信頼性の高い運用体制や、情報を迅速に開示するような制度の構築とともに、法制度を効率的かつ公平に運用できる有能な人材が不可欠である。

エネルギー源としては両国とも、国内埋蔵量が豊富な石炭が大きな位置を占めるが、自動車の急増などに伴い石油や天然ガスの需要が拡大している。今後もこの傾向が続くと予想され、輸入依存度が上昇している石油・天然ガスの供給確保が課題である。両国は海外からのエネルギー安定供給を実現するために資源外交を活発に展開しているが、環境への影響にも配慮してエネルギーの効率的利用に努めるべきである。

人材確保に関しては、インドでは基礎的な教育を受け生産的な仕事に就ける人材とともに、中・高等教育を受け高い能力を擁する人材の育成が喫緊の課題である。他方、中国においては労働賃金の上昇に反映されているように、製品輸出を支えてきた単純労働者の不足が顕在化している。高い能力を持つ労働者や研究者を育成し、製品組み立てだけではなく、新製品の開発なども推進する必要がある。

共通の課題のほかに、インドと中国が個々に直面している課題もある。インドで最も深刻な課題はインフラの未整備である。インドでは、携帯電話が目覚ましい普及を見せる通信部門を除くと、道路、鉄道などの物流部門や電力部門など、多くのインフラ分野で問題を抱えている。これが円滑な経済活動を困難にし、外資導入を抑制している。インフラ分野は政府が管轄しており、ポピュリズム的政治の下で利用者負担の原則が貫徹されていないことや、労働組合に保護された労働者の低生産性などが問題である。

中国では地域間格差や所得格差の拡大が深刻な問題だ。グローバリゼーションによって与えられた機会を捉えて急速な経済成長を達成してきた沿海部と、そのような機会を捉えられなかった内陸部との発展格差は改革・開放以来大きく拡大した。同様に、グローバリゼーションのメリットを享受できる能力を持つ人々と持たない人々との所得格差も大きく拡大した。格差の拡大は社会不安をもたらすだけではなく、消費が抑制されることで、課題となっている経済成長の外需依存から内需主導へのシフトを実現できない。格差を縮小するには、政府による投資や所得などの再配分が必要である。

産業発展などで競争的関係にある印中間では貿易・投資で摩擦があるが、外交努力で摩擦の深刻化を回避するだけでなく、補完的な関係を利用して両国の直面する課題の克服に向けて協力を進めている。インフラ整備、環境問題への対応、エネルギー開発など成果が期待できる分野での協力は始まったばかりである。協力の推進には、相互不信や競合的関係など多くの障害を乗り越えなければならない。

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両国の直面する課題への対応には、2国間だけではなく、日本や他のアジア諸国を巻き込んだ地域協力が重要かつ有効である。特に東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドにより構成し、日本が熱心に推進している東アジア包括的経済連携協定(CEPEA)の枠祖みの活用が有益である。具体的には、自由貿易協定(FTA)に向けた準備やインフラ整備などの協力が検討されている。

08年に発生した世界金融危機は、第2次大戦後に構築された先進国主導の世界経済体制が機能不全に陥ったことを示している。その背景としてインドや中国などに代表される新興国が目覚ましい発展を見せ、世界の経済地図が大きく変化したことが挙げられる。機能不全に陥った世界経済体制は一刻も早く立て直さなければならない。

世界金融危機への対応を議論するためにインドや中国を含めた主要20カ国・地域(G20)による首脳会議が08年11月に開かれ、危機からの回復に向けて景気刺激策を継続的に実施していくことで合意した。この政策の共同実施が功を奏して大恐慌に陥ることを防げたが、依然として世界経済体制は機能していない。

G20首脳会議は定例化され年1度開催されることが決まった。議論のテーマには国際金融機関改革、金融規制改革、開発、環境、貿易など世界経済が直面する重要な問題が多く含まれている。グローバル化によって与えられた機会を的確に捉えることで高成長を達成してきたインドと中国は、G20などの議論を通じ、世界経済制度の再構築に貢献することが期待されている。

印中の高成長は、今後長期間にわたって継続することが予測されている。少子高齢化が進み国内市場が縮小する日本にあっては、現在の繁栄を維持・増大させるには、貿易や投資などを通じて印中との経済関係を緊密化させることが有効である。企業においては印中の大市場のニーズに合った製品を現地で開発し、生産・販売するという戦略が重要であろう。日本政府には日本企業による印中を含む東アジア地域での自由な活動を可能にする地域的枠組みであるCEPEAの設立を積極的に推進することが望まれる。

2011年1月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年2月4日掲載

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