アジア研究報告 経済発展へ貢献深めよ

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

日本は貿易、投資、融資、援助などを通して東アジアの経済発展に貢献してきたが、1990年代の長期経済低迷により貢献度は低下している。今後は包括的な東アジア自由貿易協定構築への貢献を通じて、日本と東アジアの経済成長を促すべきである。

日本の東アジアでの存在感が低下する一方、中国の存在感が増している。日本の国内総生産(GDP)は、1990年には中国のGDPの8.6倍だったが、2003年には3倍に縮小した。東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)のGDPに占める日本と中国の割合は、同期間にそれぞれ、76%と9%から、62%と20%へと変化した。

日本の存在感 低下続く懸念

貿易では変化がより鮮明である。90年には日本の貿易総額は中国の4.5倍であったが、03年にはほぼ等しくなった。アジア新興工業経済郡(NIES=韓国、台湾、香港、シンガポール)とASEAN4(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)の総輸出に占める日本と中国への輸出割合は、90年には15%と7%であったが、03年には9%と19%に逆転した。

中国の台頭と日本の低下は外交面でも顕著だ。中国はASEANとの関係を自由貿易協定(FTA)や経済協力などで緊密にする一方、日本と韓国にも日中韓FTAの締結を提案するなど積極外交を進めている。ASEANプラス3やアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場でも、主導的位置を確保しつつある。

中国とは対照的に、日本外交は存在感を低下させている。シンガポールとの間で02年にFTAを発効させたものの、他の東アジア諸国との交渉は期待したほどは進んでおらず、ASEANプラス3などで効果的な政策も打ち出せていない。

東アジアでの存在感の低下は、日本の国益に負の影響を与える。日本の経済的繁栄のためには、高成長が予想される東アジア諸国との関係緊密化が重要だ。以上の問題意識の下、日本経済研究センターでは、東アジアに対する日本の戦略を分析し、提言をまとめた。

提言にあたって、東アジアのこれまでの経済成長に対する日本の貢献を把握する必要があるとの認識から、ヒト、モノ、カネを通じた日本による東アジア経済成長への貢献を定量的に分析した。

経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち21カ国と中国(以下、貢献国)の東アジア諸国(ASEAN加盟国、中国、インド、バングラデシュ、スリランカ)の経済成長に対する貢献について分析した結果、日本は80年代から90年代にかけては最大の貢献国であったが、2000年以降は米国に追い抜かれ、2位になっている(図)。日本の後にはドイツ、韓国、中国が続く。

貢献度指標のランキング順位

貢献度ランキングは、貿易、直接投資、銀行融資、政府開発援助(ODA)の4部門を対象として作成した。貿易では貢献国による東アジア諸国からの輸入を対象に分析し、直接投資、銀行融資、ODAでは、貢献国から東アジア諸国への資金フローを考察した。04年の各分野での日本のランキングは、ODAで1位、貿易と直接投資では2位、銀行融資では3位であった。

近年の日本のランキング低下は、バブル崩壊後の長期不況によるところが大きい。日本経済の低迷は、東アジアからの輸入を抑制する一方、日本企業の業績悪化をもたらし、東アジアへの直接投資を減少させた。

97年に発生したアジア危機と日本の不良債権問題に端を発した金融危機は、邦銀による東アジアへの融資を鈍化させただけではなく、資金の引き揚げにつながった。ODAについては、2000年以降も日本が最大の貢献国となっているが、深刻な財政状況の下、ODA削減が進んでおり、将来も首位の座を維持できるかは分からない。

なお、証券投資およびヒトの移動については、分析に必要な統計が入手できず、ランキングでは考慮しなかったが、日本について分析を行った。日本から東アジアへの証券投資はアジア危機後に低迷する一方、欧米からの証券投資が堅調に推移したことから、日本の存在感は低下した。ヒトの移動においては、日本で働く東アジア諸国の労働者による本国送金と東アジア諸国における人材の育成を通して、日本は大きな貢献をしてきたことが明らかになった。

日本の経済は少子高齢化が進み、量的には大きな拡大は期待できない。しかし、量的な水準を維持しつつ、競争力を持ち、活力にあふれた質の高い経済を構築することで、日本経済の復活とともに東アジアへの貢献を拡大して存在感を回復させることは可能である。

農産品自由化や労働市場の開放

経済成長の実現には、ヒト、モノ、カネ、などの効率的活用が重要である。それらを効率的に活用するには、国内および国際的移動を阻害する障害を取り除かなければならない。日本では、規制緩和や貿易・投資の自由化などで、モノやカネの移動に対する障害はかなり削減されたが、農産品輸入や外国人労働者の受け入れに対する障害は依然として大きい。

ヒト、モノ、カネの移動を活発化させる有効な手段は国内的には規制緩和・撤廃を中心とした構造改革であり、対外的にはFTAである。

世界貿易機構(WTO)での多角的貿易交渉が順調に進んでいれば、モノの貿易自由化はWTOに任せるのがベストであるが、WTO加盟国の自由化への考えが異なることから交渉は難航している。こうした状況では、自由化に対して同じ考えをもつ国同士が貿易障壁を撤廃するFTAが有効だ。モノの貿易自由化だけではなく、ヒトやカネの自由化を含むFTAは、経済成長に貢献する。

発展段階の異なる国々が存在する東アジアでは、自由化だけでなく、人材育成、金融制度などの経済諸制度やインフラの整備、エネルギーや食料の安定供給などに関する協力を含む包括的なFTAが必要だ。

ただし、FTAの枠組みに含まれる政策間の一貫性を確立しなければ期待される効果は実現しない。農業での技術協力を進める一方、農産品の輸入を規制するような政策は一貫性に欠ける。

東アジア諸国を加盟国とする東アジアFTAの締結は、経済的繁栄をもたらし、社会、政治、安全保障などに関する合意を含む東アジア共同体設立へ向けての大きなステップになる。東アジア共同体の形成は、経済的繁栄だけではなく、平和や民主主義の確立をもたらすであろう。

日本は、東アジアFTAおよび東アジア共同体の構築に向けて、構想力を発揮するとともに実現へ向けてリーダーシップをとらなければならない。しかしながら、現在までのところ、2つの障害のために、日本はその役割を果たせていない。

1つは、日本国内における貿易や労働市場開放に対する反対である。いま1つは、日本が東アジア諸国の信頼を得ていないことである。素晴らしい構想を作り出すことができても、東アジア諸国の信頼がなければ、構想は実現しない。東アジア諸国の信頼の欠如は、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りに対する支持がなかったことに表れている。

東アジア諸国の信頼・支持を得るには、日本にとっては痛みを伴うが、東アジア諸国の関心の強い、農産品自由化や外国人労働者受け入れを進めなければならない。自由化により失業を余儀なくされる労働者に対しては、一時的所得補てんや教育・訓練による能力向上への支援が有効だ。

東アジアFTAや東アジア共同体については、日本だけではなく、他の東アジア諸国も自由化への反対、人材不足、制度・インフラの未整備など多くの障害・課題を抱えている。障害・課題の克服に向けて日本が積極的に貢献するためには、強い政治的リーダーシップの下でのアジア戦略の策定と実施が不可欠だ。

そのような目的を実現する手段として、首相を議長とし、閣僚、専門家、官僚などをメンバーとした「アジア戦略会議」の設立を提案する。

2006年1月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2006年1月25日掲載

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