ASEAN高成長再現に道

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

中国の台頭で低迷が目立つ東南アジア諸国連合(ASEAN)が持続的な高成長を再現するには、潤沢な貯蓄と海外からの投資を活用するための金融・企業部門の強化と中国との経済補完関係の拡充が必要だ。日本・ASEAN双方にとっても自由貿易協定(FTA)の早期締結が利益になる。

ASEAN各国は1997年の経済危機から短期間で脱し、2000年にはV字型回復を実現させた。しかしその後、情報技術(IT)バブルの崩壊や同時多発テロの影響から輸出が伸びず、中国が7-8%の成長率を持続しているのに比べASEAN主要5カ国の2002年の成長率は2-5%と、危機以前の6-7%以上の高成長を再現させるには至っていない。

一方、中国は危機の影響もそれほど受けずに高成長を維持している。中国をいたずらに脅威ととらえるのではなく、その成長をチャンスととらえてASEANなど中国以外の国々も持続的成長を実現することで、東アジアにおける政治的、社会的安定を達成することができる。東アジア経済への依存を高める日本にとっても、東アジアのバランスのとれた持続的成長は重要な意味を持つ。

このような認識の下、日本経済研究センターのアジア研究プロジェクトでは、ASEANにおける持続的経済成長再現の条件を探るとともに、ASEAN諸国政府および日本政府への政策提言をまとめた。

危機前に機能していたASEANにおける高成長メカニズムを振り返ると主要な要因は2つである。1つは旺盛な投資とそれを支えた国内の貯蓄および海外からの豊富な投資資金、いま1つは工業品を中心とした輸出拡大とその背景にあった日本企業を中心とした活発な直接投資流入である。

しかし、危機ぼっ発により大量の資金が急激に海外へ流出、特に証券投資や銀行融資などで顕著であった。成長促進効果の高い直接投資の流入も危機以降、低下した。2002年に実質的に世界最大の直接投資受け入れ国となった中国に比べ、ASEAN主要5カ国の直接投資受け入れ額は4分の1弱にとどまった。

豊富な貯蓄と直接投資活用

発展途上にあるASEAN諸国では、工場建設やインフラ整備など投資需要は潜在的には旺盛だが、豊富な貯蓄をこうした需要に回す金融仲介機能が働かないことなどで顕在化していない。図のように貯蓄率は危機の影響を受けず安定的に高水準で推移しているのに対し投資率は大きく低下している。ASEANの問題は国内資金が投資に回らないことであり、持続的成長を実現するにあたっての課題は国内・海外の資金を取り入れて効率的に活用することだ。

危機後、生産拠点や事務・統括拠点をASEANから中国へ移動することを考えている外国企業も少なくない。日本経済研究センターが7月に実施したアジアで操業している日本企業に対するアンケート調査では、ASEAN諸国で操業し移動を考えている企業のうち60%は中国への移動を考えていることが明らかになった。ASEANの問題点としては賃金・生産コスト上昇、インフラの未整備、裾野産業の未発達、法制度の未整備、操業に関する規制、政治的・社会的リスクなどがある。これらの問題の解決にあたって、規制緩和や法制度の整備および順守など各国政府の果すべき役割は大きい。

資金を効率的に活用するには健全な金融部門と企業部門の存在が欠かせない。ASEAN諸国は危機後、両部門の健全性の確立に積極的に取り組んできた。その結果、銀行部門では不良債権比率の低下(タイでは危機後最悪期の46.5%が2003年6月に15.7%)、自己資本比率の改善(同9.2%が12.5%)、収益率の上昇が見られるが、融資には消極的で金融仲介機能は果していない。融資審査能力の向上、銀行間の健全な競争の促進、外資の導入などで健全性のより一層の向上が必要である。

資金の効率的活用には企業部門の強化が欠かせない。危機により非効率な企業は市場から退出する一方、存続企業は経営改善を進めてきたが、危機の原因となった企業による資金の非効率的使用を容認した監視機能未整備の問題は解消していない。健全な企業部門の実現には情報公開の徹底、競争的環境の整備、有能な人材の活用など克服すべき課題が残っている。

また、企業部門の効率性を高めるにはITの活用が有効だが、ASEAN諸国ではその活用は限定的である。例えば人口に占めるインターネット使用者の割合は日本や韓国では50%前後であるのに対してタイ、インドネシア、フィリピンでは10%に満たない。情報通信インフラの整備やIT分野における教育の充実が必要である。

ヒト、モノ、カネが自由かつ活発に地域内を移動する環境を構築することが東アジアの成長に貢献する。特に通貨・金融面での地域協力とFTA・経済連携協定(EPA)の締結が重要である。

危機の原因の1つにASEAN諸国が米国以外の国々との経済関係が深まる中で通貨を米ドルにペッグ(固定)したことがある。各国の通貨の安定は貿易や投資の促進に不可欠であり、米ドルだけではなく、円やユーロも含めた共通バスケット制の採用が望ましい。これによって各国の通貨の変動が米ドルの動きだけに左右されず、貿易・投資を安定して拡大していく基盤となる。共通バスケット制の維持にあたっては地域でマクロ経済政策の協調とサーベイランス(監視)の仕組みを確立しなければならない。

日・ASEAN FTA締結急げ

投資・貿易主導型成長を再現するには、多くの国々と貿易・投資の自由化や円滑化、経済協力などを含んだ包括的なFTAを実現させることが重要だ。ASEAN諸国は2002年にASEAN自由貿易地域(AFTA)を完成させたが、関税は5%までの削減にとどまっている。早急に関税撤廃を実現しASEAN企業の競争力向上を図らなければならない。

中国とのFTAを早期に実現し経済関係を緊密化させることもASEANにとって利益となる。

中国とASEAN諸国の輸出品目は競合する面が従来指摘されてきたが、電子・電機分野などでは近年、水平分業の動きも活発になってきている。中国税関統計をもとに、国際商品分類(HS)2ケタ分類の85(電子機械と設備および部品など)に属する品目の中国とASEAN主要5カ国の輸出入をみると、中国からの輸出は2002年で57億ドルと5カ国向け輸出全体の28%を占め、中国の輸入は103億ドルと5カ国からの輸入全体の35%を占めた。この分野で分業が進展していることを裏付けている。

中国は急増する外貨準備の活用策として中国企業の海外投資を奨励しており、今後、ASEAN諸国への中国の直接投資が活発になる可能性もある。こうした動きをASEAN諸国は積極的に利用して自らの高成長に役立てるべきである。また、日本とのFTAを実現させることで、輸出や直接投資の拡大を通じた持続的成長が期待できる。

こうした課題はASEAN諸国側では認識されていたが、危機後に輸出主導型の経済回復が一時的に実現したこともあって中国の急速な台頭に対する危機意識が薄く、様々な分野での改革の歩みが遅い感が否めない。ASEAN諸国はスピード感を持ち必要な課題に取り組むとともに、中国の成長を活用していけば、再び高成長を実現していく可能性は十分にある。

ASEAN経済の持続的成長の実現に対して、日本は金融・企業部門などの構造改革を迅速に進めて自らの経済を復活させることが先決である。同時にASEANの輸出増、日本の直接投資拡大を促し、日本の構造改革にもつながるASEANとの包括的FTAの早期締結が求められる。

筆者、日本経済新聞社および日本経済研究センターに無断で掲載するなど著作権者の権利を侵害する一切の行為を禁止します

2003年11月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2003年11月13日掲載

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