金融再生プログラムの検証
「三方向」から主要行を追い込み政策効果を実現
中小・地域金融機関行政は地域再生と一線を画すべき

鶴 光太郎
上席研究員

金融再生プログラムに沿った主要行に対する金融行政は、りそな銀行実質国有化の際に株主責任不問等の問題があったものの、資産査定の厳格化、自己資本の充実、ガバナンスの強化という「三方向」から、着実に主要行を追い込んでいき、不良債券比率半減目標を達成できそうな勢いである。一方、中小・地域金融機関に対しては、破綻を避けるために公的資金という「アメ」を与えて合併・再編を促進しようとしている。地方再生・活性化を隠れ蓑にする「バラマキ」と金融行政は一線を画すべきである。

資産査定厳格化の効果

金融行政の新たな枠組みを提示した金融再生プログラムが02年10月に決定、実施されてからこの秋で2年を迎える。同プログラムは、主要行の不良債権問題の解決を主眼におき、05年3月末までに、不良債券比率を策定開始時の半分程度に低下させることを大きな目標にしてきた。不良債権問題対応から脱却するための金融行政の総仕上げにあたるこの時期に、2年弱の金融行政を総括してみたい。

まず、金融再生プログラムの特徴は、主要行と中小・地域金融機関(地銀、信金・信組など)を明確に区別し、主要行への対応に専念するというものであった。また、それぞれへの対応も、主要行には「ムチ」、中小・地域金融機関に対しては「アメ」と使い分けるという戦略であった。

主要行については、金融再生プログラムのなかで新たな金融行政の枠組みとして、資産査定の厳格化、自己資本の充実、ガバナンスの強化の三原則が示された。これまでの金融行政の動きを筆者がみる限り、前記の三方向から、主要行を知らず知らずのうちに、「リング」の「コーナー」に着実に追い込んでいったという印象を受ける。

これら三原則のうち、最も評価できるのが、「資産査定の厳格化」である。90年半ば以降、近年まで不良債権問題がなかなか解決しなかった要因としては、不良債権処理を銀行の自主的判断や裁量に任せていた面が大きい。不良債権問題の責任を回避したい銀行経営者は、なるべく不良債権をバランスシートに残し、地価や景気の回復によって回収できるまで追い貸しをし、抜本的処理を先送りしようという傾向があったからだと推察される。その場合、当然のことながら、貸出資産評価や貸倒引当金の計上は甘くならざるをえない。

したがって、貸出資産の査定にあたってのなんらかの客観的基準や強制的に引当率を引き上げる仕組みが必要であった。その意味で、金融再生プログラムにおける「資産査定の厳格化」のなかに盛り込まれた、「大口債務者に対する銀行間の債務者区分の統一」は特別検査の実施などを通じて、他行よりも甘い査定をしている銀行に対して強いプレッシャーとなったはずである。また、不動産業や流通業向けに引当てを強化せざるをえないDCF的手法の採用も同様の効果をもったと考えられる。実際、昨年3月期決算では主要行の要管理先債権の引当率は大きく上昇した。

「自己資本」、ガバナンスに進展

「自己資本の充実」については、「繰延税金資産の自己資本への参入に関するルールの見直し」が、銀行界や与党からの強い反対にあい、「完全に骨抜きにされた」との報道も多かった。しかし、結果的には、りそな銀行の実質国有化にみられるように、監査法人が自らの生き残りを求めて責任を果たすため、繰延税金資産の取扱いに関して「勇気ある決断」を行ったことが実質国有化の引き金になったことは重要である。当局が、「護送船団方式」の時代に行われていたような監査法人、銀行、当局の間の「暗黙の了解による談合」から決別したというシグナルを監査法人側(日本公認会計士協会)も昨年2月、主要行の監査に対して厳正な対応を行う旨を発表するなど一定の布石を打ってきた結果であることを忘れてはならない。

さらに、「ガバナンスの強化」についても、重要な進展があったといえる。具体的には、金融再生プログラムのなかに盛り込まれた「健全化計画未達先に対する業務改善命令の発出」である。いわゆる「三割ルール」による業務改善命令(公的資金注入行の経営健全化計画の収益目標(ROEまたは当期利益)に比べ実績が三割以上低下した場合、いくつかの段階を経て抜本的改善計画の提出、実施を命じること)については、当局は、金融再生プログラム以前、不良債権の処理のためには「赤字決算もやむなし」として、必ずしも「三割ルール」を厳密適用してこなかった。しかし、金融再生プログラムでは健全化計画未達先に対する厳正な対応を明記するとともに、昨年4月には「三割ルール」に基づいたガバナンスの段階的強化(業務改善命令→経営責任者の退任・大幅経費削減→実質国有化)を打ち出した。

こうした流れのなかで、昨年8月金融庁は公的資金をすでに投入した銀行のうち健全化計画で示された収益目標を大きく下回った15行・グループに対し、業務改善命令を発出し、主要行などに対しては、金融行政が「裁量主義」から「ルール主義」「結果重視主義」へ大きく転換したことを示した。また、UFJと三菱東京が経営統合に踏み切ったのも、UFJが今年6月には、三割ルールを含む4つの行政処分を受け、来年度も業績が下振れすれば、3度目の「三割ルール」適用ということで優先株式の普通株への転換による実質国有化も免れないというところまで当局に追い込まれていたことが大きい。

期待した政策効果をあげる

他方、主要行への政策のうちりそな銀行の実質国有化に関しては、金融行政の視点からすればその判断根拠、株主責任の不問、公的資本増強額の決定などにおいて問題があったといえる。しかしながら、「銀行救済予想」の浸透(モラルハザード)が株式市場の下支え、反転に貢献し景気回復の足取りを確実にし、結果的には公的資金投入が「意図せざるケインズ政策」の役割を果たしたことはなんとも皮肉である。

また、今後については、主要行を追い込んだ先の問題として、UFJと三菱東京の経営統合が効率的に進むかどうか、また、主要行が健全化したとしても収益性を向上させることができるかどうかといった問題に対し、当局はどこまで関与できるかという難しい立場に立たされることになる。しかしながら、当局は、主要行に対しては金融再生プログラム策定以降一貫して、厳しい(”tough”)立場をとり続けてきた結果として、これまでのところ期待した政策効果をあげてきているといってよいだろう。

実際、主要行平均でみた不良債券比率は、02年の3月期の8.4%から、04年3月期には5.2%と着実に低下している。景気回復が着実に進み、現在の不良債権処理ペースが継続すれば、4%を少し上回る程度(金融再生プログラム開始から半減)まで低下させるという来年3月期の目標の達成はむずかしくない状況といえる。

中小・地域金融に過保護政策

一方、中小・地域金融機関に対しては、主要行とは異なる特性(「リレーションシップバンキング」といわれる、長期・継続的かつ密接な銀行・顧客関係に依存した貸出等の金融サービスの提供)をもつため、むしろその機能を強化することで、中小企業の再生と地域経済の活性化を図り、不良債権問題も同時に解決していくという方針が提示された(03年3月金融審議会第二部会報告「リレーションシップバンキングの機能強化に向けて」)。

しかし、これまでの金融当局の政策をみる限り、リレーションシップバンキングという聞き慣れない用語でうまくカモフラージュしながら、不良債権問題の解決よりも、中小企業や地域の再生・活性化に重点を置く、また、中小・地域金融機関の問題がなるべく表面化しないようにするため、喜んで中小・地域金融機関に「大盤振る舞い」したいという金融当局の意図がうかがわれる。

こうした背景には、地域の問題は地元の政治家と密接に絡むため、中小・地域金融機関に対しては主要行と同じような厳しい政策をとりにくい、一方、地域再生・活性化を「錦の御旗」にすれば自らにとって都合のよい政策を政治的な反対を受けずに通しやすいという当局の配慮があると考えられる。

このような「過保護な政策」の端的な例が、さきの通常国会で成立した「金融機能強化法」である。来年4月からのペイオフ全面解禁を前にして、中小・地域金融機関をおもな対象とし、健全行にも予防的に公的資金による資本増強ができるという「アメ」を使いながら、合併などの抜本的な組織再編を促進し、金融不安が起こらないよう万全を期したいというのが金融当局の本音だろう。

しかし、中小・地域金融機関の経営の脆弱性を克服していくうえで、経営責任を問われない公的資金の注入という「アメ」を与えるほど、合併等の組織再編が有益かどうかは疑わしい。とくに、救済合併ではなく対等合併の場合、それぞれの「企業の文化」の衝突から始まり、シナジー効果を実現することが至難の業であることは主要行の統合の例からも経験済みである。また、リレーションシップバンキングを提供するのに重要な、借り手に関する「ソフトな情報」の入手・活用においては、規模の小さい銀行の方が有利であることが最近の理論・実証研究でも明らかになってきている(注1)。つまり、合併した地域金融機関は以前よりもキメ細かな中小企業向けの融資を行いにくくなる可能性がある。以上を考慮すると、当局として「つぶせなくなるほど大きくする」ことで、ペイオフ全面解禁に直面した預金者を安心させる方策をとっていると勘繰られてもしかたないだろう。

また、公的資金注入にあたって、当該金融機関の地域経済への活性化や地域におけるプレゼンスの大きさがその要件の一部となっていることも問題だ。リレーションシップバンキングを展開する中小・地域金融機関の場合、どんな小さな金融機関でもその活動地域における借手との関係は非常に密接なので、それが破綻した場合、その借手に与える影響は甚大である。

つまり、影響を受ける地域の範囲は狭くても不利益を被る借手がそこに集中し、個々の不利益のサイズも大きいのである。したがって、地域経済への影響を強調しすぎると、極端にいえばどんな小さな地域金融機関も救済しなければならなくなってしまう。

リレバンのもつデメリット

それでは、中小・地域金融機関にとっていかなる政策が必要なのだろうか。

まず、リレーションシップバンキングの機能強化によって不良債権問題の解決を図ることは難しいと認識することが重要だと筆者は考えている。なぜなら、それは結果的には「メインバンクによる借手救済」を意味するわけであり、それが現状むずかしいのは主要行も中小・地域金融機関も同様であるからだ。むしろ、地域金融機関が現在抱える不良債権問題はリレーションシップバンキングがもつデメリットの部分がストレートに顕在化したものと考えるべきである。

具体的には、当該地域の構造不況業種・企業との長期的継続的な取引や地域に密着した信頼関係が逆に非効率的な借手に対しても融資を継続してしまうという「ソフトバジェット」「追い貸し」が発生し、この結果中小・地域金融機関の不良債権を増加させ、金融機関の健全性を損なってきたのである。

こうした問題を解決するためには、貸手・借手の関係を一度中立的な(距離をおいた)関係に戻し、非効率的な貸手・借手関係を整理、リシャッフルすることで不良債権をオフバランスさせるプロセスが必ず必要となる。

こうしたリシャッフルのプロセスのなかで、淘汰される企業と金融機関が仕分けされていき、健全な金融機関から有望な顧客に対し新たなリレーションシップバンキングが形成されていくと考えられる。したがって、地域金融機関の経営健全化のためには、主要行と同じく検査などを通じて資産査定を厳格化し、ガバナンスの強化を図ることが先決である。中小・地域金融機関の特殊性をいたずらに強調するのは適切とはいえない。

また、地域経済への影響を恐れて破綻すべき金融機関を容易に救済するのではなく、ある金融機関が破綻しても、その(優良な)借手へのマイナスの影響が最小限になるように代替的な金融機関が参入し、新たなリレーションシップバンキングが容易に構築できるような競争環境の整備(当局主導による承継政策も含む)が重要なはずだ。

たとえば、拓銀破綻に際しても、公開企業などの優良な拓銀取引企業は北洋銀行を中心とする別銀行から資金調達を行い、借入れ難を逃れたことを示唆する実証分析もある(注2)。逆に、ある地域経済において特定の地域金融機関が金融サービスを独占しているような状況は、借手、貸手双方ともロック・インの関係になり、リスクが分散できないなど、リレーションシップバンキングのデメリットが顕在化しやすい面もあるのではないだろうか。そうした状況は金融行政から見ても望ましいとはいえない。

中小・地域金融機関の不良債権問題解決において、リレーションシップバンキングにおける貸手・借手関係のリシャッフルによる新たな関係構築(新結合)が重要だとすれば、短期的にはこうした移行過程において地域経済にマイナスの影響を与える可能性がある。しかし、このようなリシャッフル、新結合に向かうプロセスなしでは長期的に地域経済が再生・活性化することもむずかしいだろう。したがって、金融行政の短期的な目標としては、地域再生・活性化までを含めるのではなく、あくまでも地域金融機関の経営の健全化に焦点を置くべきだ。地方再生・活性化を隠れ蓑にする「バラマキ」と金融行政は一線を画すべきである。

2004年9月6日号 『金融財政事情』に掲載

脚注
  • (注1) Berger,A.and G.1Udell (2002 ), Small business credit availability and relationship lending:The importance of bank organizational structure,Economic Journal 112:pp 32 53
  • (注2) 堀雅博・高橋吾賀行(2001)、「銀行取引関係の経済的価値:北海道拓殖銀行破綻のケース・スタディ」、ESRI Discussion Paper Series No.4

2004年9月14日掲載

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