税制改正大綱の評価と課題 所得税、課税ベースの拡大を

佐藤 主光
ファカルティフェロー

2023年度の税制改正大綱を巡る議論の焦点は、防衛費増額の財源確保に向けた増税の是非だった。政府は23年度から5年間の防衛費総額を約43兆円とする方針を決めた。27年度には約4兆円の追加財源が必要になり、うち1兆円強を増税で賄うとした。税目は法人税、所得税、たばこ税だ。

法人税には税率4~4.5%の付加税を課して7千億~8千億円を確保する方針だ。所得税については事実上、東日本大震災の復興財源である復興特別所得税の一部を回す。同税は13年から25年間、所得税額に2.1%を上乗せする形で徴収されてきたが、税率を1%引き下げ、その分を新たな付加税として課す一方、復興財源の確保のため課税期間を延長する。所得税およびたばこ税の増税によりそれぞれ2千億円程度の財源を賄う方針だが、増税時期は「24年以降の適切な時期」として明記しなかった。

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今回の増税には反対論が根強い。建設国債が社会インフラ整備に充てられるのと同様、防衛予算を「次の世代に祖国を残す予算」として国債も恒常的な財源とすべきだとの意見もある。公共事業はデフレギャップを埋める経済対策としても実施されてきた。防衛費を公共事業と同一視して積極財政論的に正当化することは、その増加に歯止めがかからなくなる懸念がある。

「政府の借金は民間の借金とは違う」と指摘されるが、それは政府が債務を返済しなくてよいことを意味しない。政府が民間と異なるのは、軍事権と課税権が与えられていることだ。家計や企業のように比較的短期に借金返済が求められないのは、政府が長期では課税権を行使し元利償還に充てられるからである。今後も増税をしないまま、つまり課税権を放棄した形で国債を発行し続けるのは持続可能でなく、市場からの信認を損ないかねない。

世界的に金利は上昇しており、日本だけが低金利を維持するのは難しいかもしれない。英国ではトラス前首相が減税を主張した途端に、財政赤字拡大への懸念から国債利回りの上昇に直面した。防衛の分野では最近、弾丸の補充など戦闘の継続能力を指す「継戦能力」が重視されるが、財政の持続性も有事に欠かせない。

ところが今回の税制改正では増税時期の決定は先延ばしされた。その増税案にしても法人税への付加税を中心とするが、法人税収は景気に左右されやすく不安定だ。コロナ禍の中でも法人税収は堅調だったが、今後も続く保証はない。従って防衛の充実に安定的に取り組むには、法人税は「安定した財源」とは言い難い。加えて、課税所得2400万円以下の中小企業は負担が増えないなど、一部の企業に負担が偏っている。

政府は増税以外で確保する約3兆円について、既存の予算配分を見直す歳出改革により捻出したり、税収の上振れや年度内に支出されなかった決算剰余金で充当したりするほか、「防衛力強化資金」を新設して国有財産売却などの税外収入を繰り入れるという。

だがコロナ禍前は決算ベースで100兆円台だった歳出が140兆円規模に膨らんでいる。非常時に拡大した財政をそのまま引き継いで防衛費に充てるなら、一度広げた風呂敷(財政)が続くことになる。また、使途が決まっていない予備費を予算に計上し、実際に支出しなければ決算剰余金は生じるが、これは当初から防衛費に充てていたことになるのではないか。

防衛費の増加は一時的でなく、将来にわたり継続すると見込まれる。恒常的な支出増には安定的な財源が求められる。防衛費に関して政府の有識者会議は「防衛力の抜本的強化のための財源は、今を生きる世代全体で分かち合っていく」ことを強調する。もっとも、当初25年間だった復興増税の期限を延長することで、現在の負担を増やすことなく財源を捻出する。結局、将来の納税者に負担が先送りされた格好だ。増税の実施時期が24年よりも遅れるほど、その先送りが進む。

経済状況を踏まえれば個人の負担を当面増やせないとの声もあるが、将来の経済状況が今より良好とは限らない。新たな感染症や大規模災害などの非常時は今後も発生しうる。赤字国債であれ増税期間の延長であれ、コロナ禍や安全保障など現在のリスクを将来世代に転嫁する一方、われわれは将来に生じるリスクを分担しているわけではない。将来世代が自身のリスクに対処できるだけの財政余力を残すためにも、現在のリスクは現世代が負うべきだ。さもなければ将来に危機が生じたとき、将来世代が財政的に窮しかねない。

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具体的な防衛費増の内容より先に増税を打ち出すことには「順番が違う」との反発もある。ただ、国民の負担があればこそ歳出の質や効果が真摯に問われる。むしろ赤字国債は防衛費への国民自身の当事者意識も希薄化させてしまいかねない。近年「規模ありき」の補正予算が常態化しているのも、赤字国債の発行を前提にしているからだろう。増税の痛みを伴う分、所得税への付加税ならば増税への政府の説明責任が問われるという意味で、防衛費への規律付けになりうる。

また、防衛は国民の生命と財産を守るものとされるが、財産には格差がある。守られることで、より利益を得る所得の高い人に応分の負担を求める所得税が応益原則にもかなうだろう。

ただし、現行の所得税の財源調達機能は決して高くない。政府は年間所得が1億円を超えると所得税の負担率が低下する不公平、いわゆる「1億円の壁」の批判を受け、分離課税される配当・譲渡益を含む合計所得金額が30億円を超える富裕層を対象に課税を強化する仕組みを25年から適用する方向だ。だが合計所得1億円あたりの負担率26.52%を維持するよう1億円超の所得層に増税しても、税収増は2200億円程度にすぎない(表1参照)。

表1/図2

加えて所得税の課税ベースは狭い。給与所得などの「総合課税対象となる収入」が約270兆円に対し、給与所得控除や公的年金等控除などの所得控除が手厚く、さらに基礎控除など人的控除や社会保険料控除を含む所得控除後の課税所得は120兆円まで減る(図2参照)。この結果、税率1%あたりの税収は1兆2千億円で、税率1%あたり約2兆8千億円の税収を上げる消費税の半分以下だ。

当面は現行税制の下で付加税などで課税強化するとしても、これを契機に給与所得控除や公的年金等控除を抑えるなど所得控除全般を見直して、所得税の課税ベース自体の拡大を図るべきだろう。いざ増税の必要に迫られたとき、税収増効果を高められる。

コロナ禍や安全保障などの非常時は平時の構造の不備を露呈させる。以前から政府税制調査会などでも所得税の「再分配機能の回復」に加えて「財源調達機能の向上」が求められてきた。所得税の不備(狭い課税ベース)が防衛費の財源確保を困難にしかねないとすれば、税負担の公平性に配慮しつつも、その是正に取り組むことが喫緊の課題だ。

2022年12月28日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年1月16日掲載

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