経済を見る眼 エビデンスに基づく診療報酬改定を

佐藤 主光 ファカルティフェロー

医療サービスの公定価格である診療報酬の2018年度改定に向けた議論が進んでいる。診療報酬は、医師の人件費などに充てる本体部分と薬価から成る。薬価は市場価格の実情に応じて引き下げられる見通しだが、日本医師会は、病院や診療所の経営状態を踏まえ、本体部分の「限りなくプラスの改定」を求めてきた。

診療報酬を見直す際の基礎資料として貴重なデータを提供するのが、医療機関の経営状態を調査する医療経済実態調査だ。施設の概要や損益の状況、資産・負債、人員・給与などを調査するが、この調査をめぐって一悶着が起きている。

11月8日に公表された16年度の調査結果によれば、前回14年度と比べて病院の利益率は2.1%から1.8%へ低下している。「病院の経営状況は総じて悪くなっている」というのが厚生労働省の判断だ。これに対して財務省は、利益率の高い医療法人の割合が実感よりも低いなど、調査に回答した病院に偏りがあると主張。実際の施設数の分布を踏まえて補正を施すと、国公立を除く病院の利益率は0.4%から0.6%へ、「むしろ改善している」としている。

医療経済実態調査はすべての医療機関を対象とした悉皆調査ではない。対象を無作為に抽出したサンプリング調査であるうえ、その有効回答率が5割程度にとどまってきた。今回の調査でも病院の有効回答率は56%にすぎない。税金(公費)が投入されている国公立病院でさえ、回答率が100%ではない。

仮に高い利益を上げている病院が回答を控えているならば、調査は財務省が指摘するとおり、病院全体の利益率を実態よりも過小に見積もってしまう。逆に、不採算だが多忙な病院が回答に労力を割けていないとすれば、利益率は上振れすることになる。これらは調査結果にバイアスをもたらしかねない。

だが、問題はそれだけではないようだ。同じ医療機関を継続して追跡しているわけではないため、この調査では経年的な経営状況の変化を追うことかできない。さらに、診療報酬改定(4月)の直前である3月末決算の医療法人に調査対象を限っていないとの指摘もある。よって、病院全体の利益率の増減が、どの程度診療報酬の改定の影響によるのかを見極めることが難しい。いずれにせよ、病院経営の正しい情報(エビデンス)に基づいて診療報酬(本体部分)が決まっていない懸念が残る。

現在、政府は「エビデンスに基づく攻策形成」(EBPM)を推進している。しかしその前提は、正しく、偏りのないデータによることだ。近年、国内総生産の速報値や家計調査をベースにした消費動向の推計などに対して疑念が生じている。診療報酬改定だけでなく、誤ったデータに従った政策形成は誤った結果をもたらしかねない。

政府もEBPMと併せて統計改革に乗り出している。増加し続ける医療費の適正化が喫緊の課題であることを踏まえれば、医療経済実態調査について、回答を義務づける悉皆調査へ変更するなど、その調査方法を含めた見直しが必要だ。

『週刊東洋経済』2017年12月16日号に掲載

2018年1月12日掲載

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