ポイント
- ワーク・ライフ・バランス(WLB)推進に向けては、関連施策の導入の有無が注目されているが、実際の活用を進めるには、その土台となる働き方の柔軟性が重要である。
- わが国は、欧米諸国と比べて、もともとの働き方が硬直的であり、また、そうした働き方を前提とした人事管理がなされている。
- WLB先進国である欧州諸国においても、各国それぞれにアプローチは異なり、どのような社会を目指すのかによって、取り組み方も異なっている。
- 個人がWLBに満足しながら、同時に企業にとっても職場のパフォーマンスを向上させるためには、そもそもの日本の働き方や職場のマネジメントのあり方の変革が必要である。
はじめに
我が国では、2007年に「仕事と生活の調和に関する憲章」と「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が策定され、ワーク・ライフ・バランスの推進が提唱されてきている。
しかしながら、WLB施策は、もっぱら子供のいる女性活用のための福利厚生であって、コスト増要因となるといった見方は強く、企業側の取り組みはなかなか進んでいない。一方、少子高齢化社会の到来のもとで、企業が必要な人材を確保していくためには、若者、女性、高齢者など働く意欲と能力を持つ人々が、仕事と生活の調和のとれた働き方を可能とすることによって、彼らの能力を十分に活用していくことが不可欠である。
そこで、本稿では、経済産業研究所が2009年に行った「ワーク・ライフ・バランス施策の国際比較調査」(注1)を利用した研究成果を紹介しつつ、WLBを進めるとともに、企業のパフォーマンスを落とさないために、わが国企業に必要とされている課題について検討していきたい。
1. 日本の企業、職場の課題
まずは、イギリス、ドイツとの比較を通じて、企業や職場の課題を提起した武石論文(注2)から紹介しよう。
武石は、実際に企業が行うWLB実現への取組みにおいては、WLB支援のための制度導入に加え、仕事管理や時間管理など職場マネジメントと働き方の改革が必要であるという点に着目して、国際比較を行った。
まず、日本の働き方の特徴として、労働時間が長いことに加え、勤務形態が画一的である点をあげる。日本では、フルタイム勤務が男女ともに9割を超え、イギリスの75.7%、ドイツの68.8%と比較して、フルタイム勤務の割合が非常に高い。一方で、フレックスタイム勤務や在宅勤務、短時間勤務の割合は非常に低くなっている(表1)。
こうした就業実態を反映して、労働者の就業意識の面での特徴をみると、わが国の場合、WLB満足度が低く、労働時間を減らしたいという割合も高いなど、不本意な長時間労働(過剰就業)意識が強い点が指摘されている(注3)。
また、本研究では、WLBへの満足度を高めつつ、同時に職場のパフォーマンスを高める要因について計量分析を行っている(表2)。この分析結果によれば、WLBの満足度を高めるために有効な制度としては、「労働時間削減のための取組」であり、休業制度や短時間勤務制度などの両立支援策の効果は限定的であることが明らかになった。
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また、制度の効果が限定的であるのに対して、仕事や職場の特徴はWLBの実現に効果があることが示されている。仕事の特徴としては、職務明確性や職務遂行性の裁量があること、上司の特徴としては、個人の育成に目配りをしたマネジメントを行っていること、職場の特徴としては、相互に協力的な雰囲気が醸成されていることが、従業員のWLBの実現に大きく影響しており、職場マネジメントの重要性が改めて認識される結果となっている。
我が国では、育児休業制度や短時間勤務制度の導入に着目して、WLBへの取組み度合いが議論されることが多いが、WLBの満足度を高めるには、そもそも長時間労働の改善や柔軟な働き方に対応していくこと、さらに、そうした就業実態を前提として培われてきた職場レベルでのマネジメントを見直していくことが課題であることを浮き彫りにしている。
2. 諸外国の取組
では、WLB推進の状況について、諸外国の状況を簡単にみてみよう。今回、調査の対象として取り上げたスウェーデンとオランダは、いずれもWLB先進国であるが、その中でもフルタイム労働を標準的な働き方とするスウェーデンに対し、オランダは、パートタイム労働も1つの標準的な働き方として認めることによって、より自由度の高い労働時間の選択を可能にしている。
また、イギリスは、WLB先進国である北欧諸国とは異なり、長時間労働等という課題を抱え、子育てや介護における家庭の役割が強調されてきた点においてわが国と共通する。こうした各国のアプローチの違いを踏まえながら、日本への示唆を考えていきたい。
2-1. スウェーデンのワーク・ライフ・バランス
スウェーデンは、1974年に世界に先駆けて父親の育児休業を取得できる制度を導入した国として知られているように、男女平等の理念を社会システムの基軸としている。社会と企業における男女共同参画の実現のためには、仕事に全面的な比重を置く男性的な働き方を標準とするシステムから、家庭との両立を想定した女性の働き方を標準とするシステムへと移行が進んでいる。
このようにWLBの取れた働き方を標準とするという考え方に対しては、日本では、従業員の労働時間が減り、企業の競争力をそぐ、といった危惧が聞こえてきそうだが、今回の高橋の論文(注4)から見えてくるスウェーデンの姿はそれとは無縁である。
社会保障制度が充実していることで知られるスウェーデンであるが、スウェーデンの労働時間は、オランダやドイツより長く、むしろ、長時間労働で知られるイギリスに近い(表3)。それにもかかわらず、子供のいる女性の就労率が高いのは、勤務時間の柔軟性と子育て支援制度がベースにあるように見える。日本では、子供を産んだ女性が、6割以上やめているという事実とあわせて考えると、育児休業制度などの充実に加え、労働時間の柔軟性という点も大きな検討課題であろう(注5)。
スウェーデンの特徴は、働き方の多様性と柔軟性を可能とする基盤が形成され、個人のWLBの実現度も高いことである。つまり、柔軟な働き方を選択できる環境においては、各個人が生活のステージに応じた働き方を選択し、そうした中で個人の能力を発揮することで、企業のパフォーマンスを維持しつつ、WLB実現が達成できることを示しているといえよう。
2-2. オランダのワーク・ライフ・バランス
権丈論文(注6)から見えるオランダの特徴は、パートタイム労働者の割合が極めて高く、かつ、非自発的パート(注7)の割合が低いことである(表4)。
権丈は、就業率と1人当たり労働時間を使って、下記のような図(図1)で、オランダを「参加型」社会とし、我が国のように男女役割分業に根差した男性の長時間労働を抱える社会を「分業型」と説明している。
そして、こうした「参加型」社会を実現する前提として、オランダにおけるパートタイム労働者の待遇改善が1980年代から図られ、90年代に法整備が大幅に進んだことを説明する。特に2000年の労働時間調整法では、労働者は、時間当たり賃金を維持したままで、自ら労働時間を短縮・延長する権利までも認められるようになっており、我が国に見られるような正規と非正規の二極分解といった点は見られない(図2図3)。
さらに、オランダの特徴としては、労働時間の柔軟性に加え、就業場所の柔軟性も進められており、国際的にみて、テレワークの普及率が進んでいることも指摘する。
オランダ社会のあり方は、今後、我が国において、女性、高齢者を活用した参加型社会へと転換していくことを目指すには、多様な働き方の前提として、フルタイムとパートタイムの間の均等待遇の重要性が大きいことを示唆するものである。
2-3. イギリスのワーク・ライフ・バランス
英国は、長時間労働や男女の賃金格差といった問題を抱えてきている中で、2000年にWLBキャンペーンが開始され、企業の自主的な取り組みを推進するとともに、労働者への権利付与(フレキシブル・ワーキング法や仕事と家族法(注8)等)を進めるなど、我が国の状況に極めて近い国であろう。
イギリスとの比較を行った矢島論文(注9)は、英国の特徴として、日本よりも多く「柔軟な働き方」が選択されている(図1参照)点、かつ、柔軟な働き方が職場の生産性にプラスの影響を与えているとする割合が高い点(図4)に着目して、その要因を分析した。
そして、イギリスにおいても運用が難しいとされている「短時間勤務」に着目して、プラスの生産性を達成している職場の特徴を下記のような形で整理している。
-業務が多忙すぎず、他部署等との折衝の必要性が低く、労働時間が長すぎない
-職場の同僚がノウハウを共有し代替可能であり、性別にかかわりなく能力発揮や休暇取得できる
-会社がWLBに積極的に取り組んでいる(と認識している)
-コミュニケーションや部下の育成に熱心で、公正な上司がいる
そして、短時間勤務を受け入れつつ、生産性をプラスとするには、職場の環境作りが重要であること、また、実際に、柔軟な働き方を受け入れる過程で、それまでの職場マネジメントや人事管理の文化に大きな変革が起こったことについても指摘している。
今後、日本でも、柔軟な働き方を受け入れていくには、職場マネジメントや企業の人事管理の文化そのものの変革が必要である点を、イギリスの例も示唆していよう。
3. WLB類型別にみた日本企業のパフォーマンス
最後に、同じRIETIの調査を使って、日本の企業を、WLBに関する制度や取り組みによって類型化し、その類型ごとに企業のパフォーマンスがどうなっているかを分析した山口の論文(注10)を紹介することとしたい。
山口は、企業の特性に応じて、(1)「ほとんど何もしない型」、(2)「育児介護支援成功型」、(3)「育児介護支援無影響型」、(4)「育児介護支援失敗型」、(5)「柔軟な職場環境推進型」、(6)「全般的WLB推進型」に分類した。
結果は、(1)の「ほとんど何もしない型」が大多数で約70%の企業がこれに属している。(2)から(4)については、法を上回る育児休業、介護休業の提供を行っている企業のうち、人事担当者が職場の生産性に対してプラスの影響、無影響、マイナスの影響と評価の内容による違いである。無影響型が相対的に最大であり、失敗型が成功型を数の上で上回っており、わが国企業においては、育児介護支援制度の導入が生産性向上に結び付いていないという現状をあらわしている。
次に、1人当たり及び時間当たりの粗利でみる企業の生産性、競争力への影響をみることで、「全般的WLB推進型」と正社員数300人以上の「育児介護支援成功型」は、「ほとんど何もしない型」に比べて、生産性・競争力が高いことが示された。その成功している2つのタイプの人事管理上の特徴は、「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」点にある。また、育児介護支援型の3つの型の主な違いは、女性人材の活用を男性と同等に重視しているか否かの程度と強く関連していることも指摘している。
つまり、女性活用やWLB推進が企業のパフォーマンスにプラスの影響を与えている企業では、多様な人材の能力を活用することができるよう、働き方や職場のマネジメントの改革など、制度導入に加えて働きやすい環境づくりを進めていることが推察される。そして、1.で抽出されたような日本の企業、職場の課題は、WLBの満足度を高めるとともに、生産性向上にとっても必要であることを描き出したといえよう。
4. 終わりに
今回、WLB の制度や取り組みに対して、わが国では生産性に対してマイナスの影響が見られるのに対して、欧州諸国では、もっぱらプラスの影響が見出されていることが分かった。特に、柔軟な働き方におけるプラスの影響は大きく出ている。
長時間労働と硬直的な働き方(いわゆる「正社員」の働き方)を前提として職場のマネジメントが行われているわが国の場合には、単に両立支援策の導入や、柔軟な働き方という選択肢の拡大では、職場のマネジメントの改革にまでは至らず、プラスの効果にたどりついていないことがうかがえる。そして、企業の人事管理の在り方が、1人当たりの生産性という考えを持ち続ける限りは、短時間正社員等の働き方を選択し、時間当たりの生産性を高めようとする個人の努力が、十分に評価されないままである。
今回の震災をきっかけとして、働き方の見直しが改めて注目されるようになっているが、働き方、働かせ方の見直しにつながるような職場マネジメントのあり方や人事管理のあり方について、企業が積極的に取り組んでいくことを期待したい。
「経営センサー」(株式会社 東レ経営研究所)2011年12月号に掲載