基礎年金の消費税化―政府試算 道筋見えた実現の可能性

中田 大悟
RIETI研究員

政府の社会保障国民会議は5月19日の雇用・年金分科会で、基礎年金部分を現行の社会保険方式から財源を消費税で賄う税方式に移行した場合の財政試算の結果とそのデータ(「試算」)を公表した。具体的・定量的な議論が欠けていた基礎年金の税方式化に関し、政府自身が具体的な数字を示したことは大きな前進で、評価されるべきである。

だが結果を細かくみると、国民の誤解を招きかねない微妙な問題も少なくない。それらも含め、今回の試算をより深く理解するための、いくつかの視点を提供したい。

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社会保障国民会議での試算における基礎年金税方式化今回の試算で示されたのは、拠出履歴を無視して基礎年金満額を一律給付する(「A案」)、拠出履歴を反映し過去の未納期間分は給付を削減する(「B案」)、拠出履歴を無視した一律給付の上に、既拠出相当分の給付(上限3.3万円もしくは6.6万円)を加算する(「C案」)、という3案である。

税方式化についてこれまで各論者の想定する案が統一されていたわけではなく、それぞれのケースを検討する必然性はある。だが、そもそもA案とC案は現実性が乏しいといわざるを得ない。A案の下では、制度改正決定前後で被保険者の保険料を拠出する誘因がなくなるし、C案は追加給付のための財源負担がかさみ、財政事情を考慮すれば、最初から国民の広い合意を得られないだろう。よって現実的に検討可能な案としては「小さな税方式」を思考したB案に限られると思われる。

試算公表後、マスコミでは「消費税率上げは最大12%に」といった刺激的な数字が躍った。しかし、この数字は実現可能性が薄いC案の下での計算にすぎない。その意味で、今回の最大の意義は、実現不可能な案を今後の検討から外すことができたということかもしれない。

09年度9兆円(消費税率換算で3.5%)の移行税源が必要とするB案は、日本経済新聞社の改革案同様、過去の拠出履歴を給付に反映させ、十分な移行期間をもって給付を拡充していくもので、最も現実的で検討可能な案といえよう。移行期間内に未納期間分の保険料を納付できるようにすれば、現在の未納若年世代の給付も拡大できる。過去の保険料納付免除期間分の基礎年金についても、保険料相当分も含め全額受給できる。この意味で将来世代だけでなく現在の低額受給世帯への支援にもつながる案だ。

給付額の伸びを賃金・物価上昇率以下に抑えるというマクロ経済スライドの下で目減りしていく基礎年金給付をカバーする意味からも、パートタイム労働者に厚生年金をさらに適用拡大していく必要がある。だが厚生年金は所得比例で低率の保険料を支払い、国民年金加入者の保険料支払いは定額であるという現行の負担構造で国民年金と厚生年金の負担のバランスを保とうとすれば、標準報酬月額の最低ライン(9万8000円)が壁となり、これ以上の適用拡大は難しい。税方式にすれば、標準報酬月額の最低額をさらに下げることができ、無理なくパートタイム労働者への適用拡大を実施できる。

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今回の試算では、ミクロの視点から、基礎年金を消費税を財源に税方式にした場合、家計と企業の負担がどれだけ変化するのかという興味深い計算結果も示された。しかしここでも様々な仮定をおく必要があるため、結果の解釈には十分な注意が必要だ。

試算によれば、家計は所得・年齢・世帯形態別のほとんどの階級で、社会保険料負担の減少より新たな消費税負担額が上回り、その半面、企業は事業主負担の軽減により負担が軽くなる結果になった。

この結論には2つの重要な仮定が影響している。1つは消費税の増税が100%価格に転嫁されるという仮定、もう1つは事業主と被用者(サラリーマンなどの雇用者)の間で、社会保険料負担を転嫁せず、負担割合は法定どおり労使折半するという仮定だ。

第1の点に関していえば、1989年の消費税導入、97年の消費税率引き上げの両局面で、消費税が100%価格に転嫁された現象は観察されなかった。金子能宏氏(国立社会保障・人口問題研究所)らの研究でも明らかなように、消費税の価格転嫁は税制上の要因とマクロ経済動向、さらには市場構造に依存しており、一概にどこまで価格に跳ね返るか断定しにくい。

社会保険料の転嫁と帰着がどうなるかという第2の点は、経済学者間で分析結果にばらつきがある。だが岩本康志教授(東大)らの研究が示すように、事業主負担は部分的に賃金減少という格好で転嫁されているというのが、妥当な認識だと思われる。

このように仮定に幅を持たせて考えると、税方式化が家計の負担を一律に増大させるとはいえなくなる。試算は家計負担が最もきつくなる仮定を暗に採用している。

企業負担についていえば、軽減された負担はそのまま内部留保に回らず、一定部分は法人税の支払い増に向かうだろう。その他の部分も、法人税で吸収して財政改善に役立てることも不可能ではない。

消費税で基礎年金を賄った場合、高齢者世帯にも負担が及ぶことを問題視する意見がある。試算でも年金受給者世帯の平均的な負担額が示された。社会保障負担で低所得高齢者世帯の生活が困窮に追い込まれることは避けねばならず、個人所得税の税額控除と社会保障給付を一体で運用する給付付き税額控除などの新たな対応が必要となろう。

現行でも消費税収の使途は福祉目的に限定されると予算総則に明記され、既に高齢者にも社会保障を支えるため消費税負担が課せられている。基礎年金の税方式化だけでなく、来年度から国庫負担割合を3分の1から2分の1に上げる財源として消費税1%アップを検討するにしても、医療・介護などの財源として消費税に期待するとしても、この課題は避けて通れない。

そもそも税方式化が議論される背景には、国民年金納付率の低下による、将来の生活保護世帯の増加を危惧する声が高まっていることがある。その点、今回の試算には、時間の制約からか、有用な試算は示されていない。未納率の高さは将来給付の減少を意味しており、通時的な年金財政には大きく影響を及ぼさないことが示されている。だが問題は、現在の若年未納・未加入世代が、将来、受給開始年齢を迎えたとき、どんなことが起こりえるのかということである。今後のこの点についてさらに検討すべきだろう。

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今回の試算では触れられていないが、将来、低額受給世帯が増加することを抑えるため、納付免除期間を納付期間としてフルカウントし、低額所得・受給者の年金拡大を図るのも有用ではないか。

現行では、低所得の国民年金加入者を対象とした段階的な保険料納付免除制度が設けられているが、免除の適用を受ければその期間分は免除率に応じて給付も減額されることになっている。いわば国民年金は実質的に報酬比例年金化しているといってよい。

加入夫婦2人分で平均的厚生年金世帯と同額の給付がなされるよう設計されていたかつての国民年金制度でなら、合理的な設計だっただろう。しかし、所得再分配機能が期待される現在の基礎年金に所得比例の思想を持ち込むと、制度の原理原則が混乱してしまう恐れがある。また、新たな加算給付や最低保障給付を付け足すより、少ないコストで実行できる案でもある。

2004年の制度改正で年金財政の頑健性は強化され、様々な欠点を制度内に抱え込んだままでも、財政計算上は制度を長期間維持できる構造になっている。だが多くの国民は納得して保険料を拠出できる制度を求めている。そのために国民会議における議論が深まることを期待したい。

2008年5月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年6月10日掲載

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