次期年金制度改正の論点整理(1):マクロ経済スライド期間の一致をめぐる課題

中田 大悟
上席研究員

本格化する年金制度改正への議論

公的年金の大掛かりな制度改正は5年に一度行われる。これは5年に一度の国勢調査の後に将来人口推計を行い、その数値を基にして必要な制度改正の評価を進めるからだ。前回の財政検証が2019年に行われており、次の財政検証は明年の2024年に行われることになる。ここへ向けた議論が今まさに本格化しようとしている。

ここで筆者が注目すべきと考える大きな論点は、次の3つである。

  1. マクロ経済スライド期間の一致化
  2. 厚生年金の適用拡大
  3. 国民年金加入期間延長

これらについては、すでに巷間多くの論評が行われているが、本稿では、1点目のマクロ経済スライド期間の一致化に絞って解説したい。

マクロ経済スライド期間の不一致

2004年の年金制度改正(いわゆる100年安心プラン)時においては、マクロ経済スライドは、基礎年金、報酬比例年金共に2023年(!)までで同時停止できる見通しだったが、現行の見通しでは、適用期間が、基礎年金と報酬比例年金で一致していない。

ここで問題なのは、基礎年金への適用期間が報酬比例年金に比べて非常に長く、換言すれば基礎年金が相対的に低額化するということである。特に、国民年金しか受給しない低所得層にとっては老後の貧困化の要因となりかねない。

このような事態になった要因は次の2点である。1つは国民年金積立金が厚生年金に比べて非常に小さいという予算制約上の問題であり、もう1つはスライド制の例外ルールに起因して基礎年金給付の水準が報酬比例年金に比べて膨らんでしまったことに対する見通しの甘さである。

マクロ経済スライドはおよそ100年後の積立残高が給付の1年分だけ残ることを目安に発動されるが、現時点で厚生年金がおよそ200兆円の積立金を有するのに対して、国民年金は10兆円程度しか保有していない。この相対的に小さな積立金を100年後も残すために、基礎年金にだけ長くマクロ経済スライドを適用し続ける必要がある。ただし、この点については2004年時点でも同じであり、マクロ経済スライドの不一致の理由にはならない。

問題なのは2点目の基礎年金給付の肥大化である。報酬比例年金は加入者の賃金が変動すれば、その加入者の将来の給付もそれに応じて変化するため将来の所得代替率に対して中立である。しかし基礎年金については、それが定額給付であることと、スライド改定率について、賃金と物価の変化率が共にマイナスで、かつ賃金の方が大きく下がった場合においては物価スライドを優先して給付の減額を抑えるという特例ルール(現在は廃止)の存在が影響し、モデル世帯の所得代替率(夫婦二人分の所得代替率)で測った場合の給付水準が2004年時点では33.6%であったものが、2019年には36.4%に増大した。2004年改正時点においては、2023年以降の基礎年金の所得代替率は28.3%にまで低下する予定であったが、現在では逆に増えてしまっている。

図 厚生年金モデル世帯所得代替率の見通し
図 厚生年金モデル世帯所得代替率の見通し
注)2019年財政検証は「経済前提ケースIII(成長実現ケース)、出生中位・死亡中位」

国民年金財政の支出は概ね基礎年金給付に向けられるものであり、予定していたよりも増大した基礎年金給付を賄う必要があることから、少ない積立金を維持するために基礎年金についてより長くマクロ経済スライドを適用する必要が生じる(19年財政検証のケースIIIにおいては2047年まで)。その結果として、基礎年金給付額はより強く低下することとなる。

マクロ経済スライド期間の一致

このようにして生じる基礎年金の過度な低下を防ぐために厚生労働省が検討しているのが、報酬比例年金と基礎年金のマクロ経済スライド期間の一致化である。厚生労働省は2019年財政検証と併せて、マクロ経済スライド期間を一致させた場合の給付水準の試算を年金数理部会に提出しており、それによれば(経済想定ケースIIIの場合)2033年でマクロ経済スライドを同時停止することで、モデル世帯の所得代替率を55.6%にまで維持できると示している。

現行制度では加入者が拠出する保険料の上限が固定されており、基礎年金を増やせば報酬比例年金を減らさねばならないゼロサムゲーム的な制約を考えれば、モデル世帯の所得代替率が改善することは不可思議に思われるかもしれないが、これにはトリックがある。

マクロ経済スライド期間を一致させるためには、何らかの方法で厚生年金および共済年金の財源を基礎年金に多く支出させる必要がある。また、基礎年金給付の2分の1には国庫負担(税の投入)が充てられている。ここで厚生年金財政の方から基礎年金へ流れる財源を増やしてマクロ経済スライド期間を一致させ、基礎年金給付を増大させた場合、計算上、この国庫負担が自動的に増えることになる。換言すれば、厚生年金財源を呼び水にして、税の投入を増やすことで、加入者全体での給付水準を増やすというロジックになっている。

どうやって一致させるか

本稿の執筆時点では、どのようにしてマクロ経済スライドの適用期間を一致させるのかは明確にされていない。おそらく考えられる手法としては二通りある。1つは厚生年金と共済年金の給付を一元化する際に導入した「厚生年金拠出金制度」と類似の制度を導入する方法であり、もう1つは厚生年金と国民年金の積立金を統合してしまうという方法である。

厚生年金拠出金制度については被用者間で報酬比例年金を揃えて支え合うという自然な発想に基づいているものの、同様の手法を基礎年金に応用して自営業等が加入する国民年金を被用者年金の財源で支えることにはどうしても不自然さが残る。歴史的には破綻同然であった国民年金を救済するために基礎年金制度が創設されたことを考えると、さらに被用者年金の財源を追加投入することには丁寧な説明が求められるだろう。

また前節で説明したように、このような状況が生じた原因のひとつが基礎年金水準の増大であったことも重要である。2004年の制度改正時点では、その時点で想定される基礎年金給付水準に対して16,900円(2004年価格)の国民年金保険料が設定されたわけだが、その後、給付水準が増えたことによって国民年金財政のバランスが崩れたのであれば、本来であれば国民年金保険料の見直しも検討されるべき課題だったともいえる。その点についても丁寧に検証する必要がある。

厳しさを増す財政状況の中で、従来の想定よりも増える国民年金給付の国庫負担を賄う財源を確保できるかも重要な課題である。年金財政推計の計算上は、マクロ経済スライド期間の一致によって国庫負担の増大が自動的に発生するが、現実には毎年の国庫負担に充てられる安定財源を見つけ出す必要がある。異次元の少子化対策、防衛力の強化など、歳出拡大圧力が高まりを見せる中で安定財源を見出すのは容易ではない。

最後に、この問題をサラリーマン対自営業者という構図で捉えるのは適切ではないことも指摘しておきたい。現時点においても、国民年金加入者(第一号被保険者)の四割程度がパートタイム労働者などの被用者である。この意味において、マクロ経済スライド期間の一致は、被用者間の年金格差をめぐる課題でもある。この論点は、厚生年金の適用拡大と合わせて考える必要があるが、それは回を改めて解説する。

2023年4月28日掲載

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