自公連立政権では、新たに設置する日本経済再生本部と、自公民の三党合意に基づく社会保障制度改革国民会議を連携させながら、社会保障制度改革の議論を深めていくことになっている。本コラムでは、筆者が今後の公的年金制度改正において肝になると考えている論点に関して、論じようと思う。
民主党による新年金制度案の光と影
3年3カ月に及んだ民主党政権では、公的年金制度改正の論議は停滞していたと言って良いだろう。その原因の1つは、やはり前政権が、自ら掲げた新しい年金制度への移行に囚われてしまっていたからではないだろうか。加入者全員を統一的な報酬比例年金にまとめ、低年金者に最低保障年金を給付するという、完成図としては誠に美しい制度案は、民主党政権の公約の柱の1つだった。しかし、多くの専門家が当初から疑問を呈したことから判るように、この制度の実現は極めて困難であった。
その理由を一言で表せば、現行の制度との接続を軽視した案であったからである。社会保障の制度改正は、常に現状の制度と資源を踏まえた議論の中から産み出されなければならない。民主党の年金制度は、喩えていえば、飛行機を空中で修理するようなものである。満足できないからといって、飛行中にエンジンの取り替えはできない。特に長期保険である公的年金制度には、この制約が強く表れる(過去の保険料拠出に対応した将来の年金給付について、政府の都合で事後的にルールを変更することには困難が伴う)。この点を軽んじた制度案が実現できないのは、ある意味自明の理であった。
ただし、今後どのような制度改正を議論するにせよ、なぜ民主党の年金制度案が国民の支持を集めたのか、という点は再確認しておく必要があるだろう。民主党の年金制度案の特徴は、次の2点に集約できる。まず、現役時代にどのような就業履歴を経ようが、年金給付に差がつかないということ。そして、第2に年金制度内で十分な所得再分配機能が働くということである。裏を返せば、この2点は現行制度が十分に達成できていない弱点であると言っても良い。現行制度では正規労働者は厚生年金に加入できるのに対して、自営業や非正規労働者の多くは国民年金(基礎年金)しか受給できない。また、その基礎年金も今後、減額されていくことが明らかになっている。多くの国民は、将来の生活の安心を担う年金制度に内在するこのような短所の克服を望んでいたからこそ、民主党に政権を託そうとしたのではないだろうか。
何をどう変えることができるのか
社会保障制度改革国民会議で、どこまで制度の骨格に関わるような制度改正を議論するのか、まだ不明であるが、先にあげた2つの現行制度の弱点を克服するような改正は、国民の公的年金制度への信頼を取り戻すためにも必要不可欠である。しかし、既に述べたように、年金制度の改正は、現行制度の延長線上に実現されなければならない。では、どうすれば、そのような改正を実現できるだろうか。
筆者が考える、このような年金制度改正へ向けた最大のキーポイントは、基礎年金と報酬比例年金(厚生・共済の二階部分)の財源の完全分離である。より具体的には、基礎年金にかかる社会保険料負担を、第三号被保険者を含めた全加入者が、減免措置ありの定額負担(これを基礎年金保険料と呼ぼう)で拠出し、被用者年金の二階部分の定率保険料と分けてしまうことで、財源を分離するのである(注1)。
基礎年金と二階部分の財源を完全に分けることで、厚生年金と共済年金を完全な報酬比例年金化することができる。これは、次のようなメリットをもたらす。現在の年金保険料の負担構造では、国民年金との公平性のために、被用者年金の保険料負担に下限を設ける必要があるが、これをほぼ完全に取り払うことができる。これは即ち、パートタイムなどを含めた、非正規労働者全体に厚生年金の適用を拡大することができることを意味している。これにより、民主党の年金制度案の特徴であった、就業履歴によって年金給付に差がつかないという制度の改善が可能になる。
ただし、自営業者にまで二階部分年金を適用拡大することは、非常に難しい。被用者年金の事業主負担の存在が、国民年金加入者との負担の不公平感を引き起こすからだ(注2)。所謂、社会保険料の転嫁と帰着の問題である。この問題に関する見解は、経済学者と社会保障論の専門家の間で決定的に溝があり、一致点を見いだすのは難しい。もっとも、定年が無く、資産を保有する純粋な自営業者に一定年齢からの報酬比例年金を給付する必然性は低いので、大きな問題とはならないだろう。それよりも、非正規と正規労働者の間での、社会保障の断絶を縮小し、市場の歪みを是正できるメリットの方が重要である。
事業主負担の転嫁と帰着に関連するが、厚生年金加入者が定額の基礎年金保険料を全額自己負担することに、従前制度からの乖離を指摘する人もあるだろう。これには次のように対処すればよい。現行制度では、基礎年金の国庫負担は「給付」の2分の1について投入されることになっている。この国庫負担を基礎年金保険料の「拠出」の2分の1についての国庫負担として投入するように変更するのである。筆者の試算では、2009年の財政再検証で想定されている程度の基礎年金給付であれば、1万4893円の基礎年金保険料(自己負担のみ)で基礎年金の財政均衡を図ることができる(注3)。
なぜこのような改正が急務なのか
所得再分配をある程度強化し、非正規労働者への報酬比例年金を拡大するような制度改正が、なぜ必要なのだろうか。その理由を考えるには、現行の年金制度で予定されている将来の給付水準を検討する必要がある。下の表は、筆者が厚生労働省の年金財政推計プログラムを利用して、2012年春に公表された将来人口推計を前提にして推計した将来の給付水準である。2009年に自公政権下で実施された財政検証では、長期の名目運用利回り4.1%、名目賃金上昇率2.5%のもとで、所得代替率50%を維持できる見込みであるとされたが、国民年金納付率については80%まで回復するという、現状からは想像しがたい楽観的見通しが仮定されていた。ここでは、2010年度の実績値水準(59.3%)のままで将来も推移すると仮定して推計し直してある。
表を一覧して判るとおり、相当程度の年金給付水準の減額を覚悟しなければならないが、特に、厚生年金の報酬比例年金に比して基礎年金の給付水準が著しく減少していくのが分かる。つまり、現在の国民年金の給付水準(満額で約6.5万円)でも、老後の生計維持には不足しがちであるが、これがほぼ不可能な水準にまで落ち込むということである(現在価格で約4.7万円)。これをカバーするには、僅かでも労働者として所得を得たのであれば、年金給付に反映させられるように、制度を改正するしかない。そうしなければ、非正規労働者の大多数が、将来の生活保護受給世帯になりかねない。
しかし、上記のような改正を行えば、ある程度は、このような危機的状況を回避できるはずである。しかも、現行の制度を劇的に変化させずに、比較的モデレートな改正で実現可能な案である。新政権下で、このような現行制度の弱点を効果的に補正する改正案が検討されることを望みたい。
[ 図を拡大 ]