格差と貧困をどう解決するのか

中田 大悟
研究員

所得格差や貧困が広く報じられ、論じられている割には、国民の貧困や格差に関する認識は、それほど深まっていない。かつて、この国には「一億総中流社会」という流行語があった。これは、国民の大部分が、自分は中流階級に属している、と自認している現象を表す言葉である。実は、この現象は今もなお継続している。内閣府が実施した平成24年度「国民生活に関する世論調査(注1)」によると、国民の92.3%が自分の生活を中程度と見なしているとの結果が出ている。

さらに、8月末公表された平成24年版厚生労働白書(注2)には、ISSP(International Social Survey Programme(注3))と比較可能な設問で収集された「社会保障に関する国民意識調査(注4)」が掲載されている。そこでは、自国の所得は格差が大きすぎるか、という問いに対して71.5%が「そう思う」と答えたと紹介されているが、この割合は、先進国の中でもかなり低い部類に属するとも報告されている。

この国の所得格差や貧困問題は、それほど深刻なものではないのだろうか。

データから明らかな所得再分配の失敗

言うまでもなく、日本は先進国である。社会保障制度は広く整備されているはずであり、税制による再分配政策も実施されている。したがって、経済変動や人口構造の変化が原因で所得格差が広がったとしても、事後的には一定の公正性を確保するための仕組みが、この国には存在している。ところが、この仕組みはうまく機能していない疑いが強い。

OECDによるデータの国際比較によると、所得分配の不平等度を示すジニ係数(0で完全平等、1に近づくほど不平等)で所得再分配後の格差を見た場合、65歳未満、65歳以上の両カテゴリーで日本の不平等度はOECD諸国平均を上回っている(表1)。しかも、通常であれば労働からの引退と年金等の所得保障政策の恩恵を受けて不平等度が縮小するはずの65歳以上の人たちの方が、65歳未満の人たちよりも不平等度が高くなっている。

それでは、格差と関連する貧困の指標ではどうだろうか(表2)。前述のOECDによる国際比較によると、国際比較で慣習的に用いられる相対的貧困率 (所得分布の中位値所得の半分以下の所得の者の割合)で見た場合、日本の貧困率は先進国中最悪のグループに属する。特に、大人1人と子どもからなる世帯で見た場合、貧困率は58.7%と、29位のアメリカを10%以上引き離しての最下位となっている。明らかに、この国の社会保障政策は、所得再分配という点においては機能不全に陥っている。

表1:年齢別ジニ係数の国際比較
表1:年齢別ジニ係数の国際比較
データ出典:OECD(2008)から筆者作成
表2:相対的貧困率(%)の国際比較
表2:相対的貧困率(%)の国際比較
データ出典:OECD(2008)から筆者作成

必要とされる効率的な社会保障制度

このような状況における素直な対策は、社会保障給付の増額と税による再分配の強化である。だが、一般政府総債務額で1024兆円を超える累積債務を抱えるわが国では、これは容易なことではない。ましてや、将来的な消費税率の増税方針を決めるのに、立法府が苦闘しなければならないこの国では、そのような選択肢は到底可能なものではない。では、どうすればよいのか。答えはありきたりだが、なんとかして効率的な社会保障給付と税の組み合わせを探し出すしかない。

効率的な社会保障を構築するには、次の2つが重要な条件となる。まず、誰が社会保障給付や重点的な再分配の対象となるべきか、的確に把握することである。そして、第2に、高齢化社会にあっても、無理のない可能な限りの自助を引き出して公助とのバランスをとることである。これら2つの条件が満たされないと、建設的な制度設計の議論が進められない。

そして、そのためには、日本の家計や個人を対象とした、包括的で継続的な統計調査が実施されなければならない。所得や資産といった経済状況だけではなく、家族や社会とのつながり、健康状態などを総合的に聞き取り、しかも、対象者を継続的に追跡して調査する、綿密に設計された統計調査が必要である。多面的に調査することで、具体的にどういう属性の家計が貧困に陥っているか明らかになる。母子家庭だから、高齢者だから絶対に貧困になるというわけではない。そこに病気、失業歴、学歴、家族関係等の他の要因が加わると、決定的に貧困に陥るのかもしれない。多角的に要因を分析することで、必要とされるサポートの質と量を探るための情報が得られる。

また、継続的な調査も重要である。たとえば、ある時点での健康状態の良し悪しそのものが失業、離職の原因ではなく、健康状態の通時的な変化が失業、離職を引き起こすのかも知れない。また、同程度の低い年金額を受給し始めた人であっても、ある人は労働市場に再参入しようとするだろうし、ある人は生活保護の受給を選択するだろう。そこにも、健康や認知能力などの変化が影響を与えている可能性がある。個人の自助努力を無理なく引き出すためには、このような効果も考慮されなければならない。

JSTAR(くらしと健康の調査)の実施と活用

本稿では、格差や貧困の実態を踏まえて政策を立案するためには、正確な統計調査が重要であると主張しているわけだが、考えてみれば、これは特に目新しいことを言っているわけではない。英国におけるチャールズ・ブース(Charles Booth,1840-1916) やシーボーム・ラウントリー(Benjamin Seebohm Rowntree,1871-1954)らの貧困調査の時代から、どのような人が貧困にあえいでいるか、そしてどのようなサポートが必要とされているか、という点について、科学的かつ数量的に把握しようとするのが、貧困研究の王道である。これをより現代の資源と学術水準で進めていく必要があるのだ。

しかし、このような家計の追跡調査(パネルデータと呼ばれる)を実施するには、多大な費用と人的資源の投入が必要となる。米国では、その豊かな研究資源を活用して1990年代からさまざまなパネルデータの収集が行われており、すでに実際の政策立案に大きく寄与している。日本では、(財)家計経済研究所、慶應義塾大学、大阪大学などでこのようなパネルデータの整備が進められており、我々経済産業研究所でも、一橋大学、東京大学と協力して中高齢者を対象としたパネル調査、「くらしと健康の調査」(Japanese Study of Aging and Retirement, JSTAR)を実施している。しかも、この調査で収集されたデータは、個人情報保護の処理を施されたうえで、全世界の研究者にむけて研究利用公開されている。現在、JSTARは第1回調査と第2回調査がパネルデータとして利用可能であり、既に世界中の研究者がこれを用いて研究を進めている。筆者も先日、JSTARを用いた貧困と労働供給に関する分析結果を公表したが(中田(2012))、今後このような研究成果の蓄積が進み、わが国の税、社会保障政策の立案に寄与することを期待している。

2012年9月11日
脚注
  1. ^ http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-life/index.html
  2. ^ http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/
  3. ^ http://www.issp.org/
  4. ^ http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002i9cr.html
文献

2012年9月11日掲載

この著者の記事