新型コロナウィルスとMaaSビジネス

元橋 一之
ファカルティフェロー

新型コロナウィルスによって外出制限が続く中、人の移動に関する鉄道輸送やタクシー業界などが大きな影響を受けている。世界的にはライドシェアサービスを展開しているUberや Grabもその例外ではない。 Uber社は世界的な 2020年第 1四半期の実車率は 80%減少したとしており、この状況が今後も続くことを見越して数千人規模のリストラや事業所の縮小を発表している。新型コロナウィルスのワクチン開発には 1年以上かかるといわれており、仮にウィルスが収束しても、その後に来るいわゆるポストコロナの時代はこれまでとは全く違う世界となるという見方もある。これは、ライドシェアサービスも含めたMaaSに焦点をあてて、新型コロナウィルスの経済インパクトについて考えてみたい。

Mobility As A Service (MaaS)とは、様々な交通手段(鉄道、自動車、自転車など)をオンデマンドで統合的なサービスとして提供するビジネスを総称する。MAASはヨーロッパにおいて進んでいるが、フィンランドの MaaSグローバル社が提供する Whimという統合交通サービスは、イギリスのバーミンガムやベルギーのアントワープですでに導入されている。地元の都市交通やバスなどの公共交通機関、タクシー業者、自転車シェアサービスと提携し、これらの複数の移動手段を組みあわせた最適な移動経路をスマートフォンのアプリとして提供している。運賃やサービス料金もウェブ上でまとめて決済可能であり、定額で乗り放題(タクシー利用のみ上限あり)も含めた様々な料金プランでユーザー数を伸ばしている。このような MaaSの登場で公共交通機関の利便性があがり、MaaSグルーバル社の Whimについては、ユーザーの 自家用車の利用割合が減少したというデータも存在する(西脇、2019)。自動車による渋滞を減らし、環境負荷の低減などの面で地方自治体から見たメリットも大きい。

日本においてはこのような大規模な商用サービスがまだ始まっていないが、国土交通省と経済産業省が音頭をとって各地でパイロット事業(スマートモビリティチャレンジ)が始まっている。また、民間レベルでもトヨタ自動車と西日本鉄道が福岡エリアで始めた「マイルート」などが存在する。JR東日本が発行する東日本が発行するSUICAカードのように電子マネーの普及は進んでいるので、決済系のプラットフォームは整っているといえるが、地域レベルの移動サービスの統合という観点からはまだこれからという状況である。サービスの統合という観点からはまだこれからという状況である。

新型コロナウィルスの感染拡大の感染拡大による外出自粛によって、鉄道、バス、タクシーといったすべての移動サービス事業者の経営は非常に厳しい状況となっている。当然、国内で進んでいる様々なMaaSに対する取り組みもいったんストップしている状況であろう。ただ、世界的なロックダウンの状態は徐々に解消される方向にあり、今後は感染拡大の防止と人の移動をどう両立させるかということに焦点が移る。他人との接触を避けることができる自家用車の利用が増えて、公共交通機関を織り込んだ家用車の利用が増えて、公共交通機関を織り込んだMaaSへのニーズが小さくなるという見方がある。しかし、その影響は少なくとも都市部においてはそう大きくないと考えている。例えば、3000万人以上の人口を抱える首都圏において、通勤手段のほとんどは公共交通機関で賄われている。これが大幅に自家用車に置き換わることはコストやインフラ面(道路や駐車場)での制約から現実的には考えにくい。

むしろ、 公共交通機関の混み具合をリアルタイムで提供するデータサービスや必要に応じてタクシーやライドシェアサービスを推薦する MaaSが提供するサービスに対する需要は高まるのではないかと考える。通勤時間の集中を避けるために時差出勤を進める企業やサテライトオフィスの活用も含めたリモートワークが広がることで、人の移動パターンが大きく変わる可能性がある。これまでは、通勤ラッシュとそれ以外というように交通機関の混雑パターンが決まっていたために、混雑する場所、時間にタクシーが多く配車され、わざわざ MaaSを使って乗り継ぎを考 える必要性も少なかった。しかし、人の流れのパターンが変わることでいつもはすぐにタクシーを拾えることができた場所で拾えないということが多発することが考えらえる。公共交通機関の利用とタクシー予約をシームレスに行えるMaaSに対する潜在需要が高まることは間違いない。

また、長期的には人口の地方分散が進むことが予想される。在宅勤務が推奨される中でオフィスに集まって仕事をするという従来の働き方が見直され、ウィルスが収束してもオンサイトとオンラインをうまく使い分けるワークスタイルが一般的になるだろう。情報セキュリティの面で在宅勤務が困難な業種においては、郊外のサテライトオフィスを活用する動きも考えられる。このように居住地や通勤パターンがより分散化することで、公共交通機関によるアクセスが不便な場所(例えば最寄り駅からの距離が遠い、バスの本数が少ないなど)も MaaSの提供によって 利便性が向上する。

ビジネスとしてMaaSを見ると地域ごとの特性を生かした収益モデルをどう作るのか、そのためのどのようなパートナーを集めるか、エコシステム(生態系)づくりがポイントとなる。エコシステムにおいてMaaS提供事業者(プロバイダー)は、サービスの構成要素である輸送サービス事業者(鉄道、バスなど)、タクシーやライドサービス事業者、地図や交通情報などの情報サービス業者などのコーディネーターとしての役割を担う(Kamargianni他、2017)。日本においては、輸送サービス事業者自体(鉄道事業者や自動車メーカーなど)がMaaSプロバイダーとなる傾向がある。しかし、その場合は他の競合するサービス事業者に対してオープンなエコシステムになりにくく、大きな広がりを持ちにくい。また、欧州と比較して地方自治体のリーダーシップや独自性が低いという問題がある。

MaaSプロバイダーが多くのサービス提供事業者(鉄道、バス、タクシーなどの輸送事業者、自動車メーカー、地図や交通情報などのデータプロバイダー)に対して開かれたものとするためには、サービス提供事業者から独立した運営組織が望ましい。自動車のサプライチェーンのように OEMが技術仕様のすべてを抑える構造と異なり、エコシステム(生態系)には多様性とダイナミクスが求められる(イアンシティ他、2007)。ユーザーから見ても自動車メーカー1社ではなく、選択肢は多いに越したことはない(日高他、2020)。また、地域ごとの交通ネットワークや移動サービスに対する需要を踏まえたモデルを構築するためには地方自治体の果たす役割が大きい。移動システムと地域活性化については、例えば、富山市のコンパクトシティ構想(ライトレール(路面電車)を整備して、中心市街地の活性化を実現)などの成功事例があるが、自治体が総合的な街づくり計画の中で MaaS事業に対して積極的に取り組んでいくことを期待したい。

本稿は2020年5月25日に「機械振興協会経済研究所 コラムNo. 16」(http://www.jspmi.or.jp/system/column.php?id=95)として掲載されたものを、転載したものです。

2020年5月25日 機械振興協会経済研究所

参考文献
  • Kamargianni, A., Matyas, M. (2017): ‘Business Ecosystem of Mobility as a Service’, 96th Transportation Research Board Meeting, Washington DC, USA, January, 2017.
  • イアンシティ,マルコ、ロイ・レビーン(2007):キーストーン戦略 イノベーションを持続させるビジネス・エコシステム、杉本幸太郎訳、翔泳社。
  • 西脇雅裕(2019):MAASの現状とわが国での現状とわが国でMAASを導入する上での重要なを導入する上での重要な2つの視点:地域ごとの“MAAS+”、みずほ情報総研レポート、Vol.18, 2019。
  • 日高洋祐・牧村和彦・井上岳一・井上佳三(2020):Beyond MaaS:日本から始まる新モビリティ革命、(MaaSグローバルグローバルCEO、Sampo Heitanen氏に対するインタビュー記事(p.134)参照)、日経BP社、2020年3月。

2020年9月10日掲載

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