節電経済を考える 技術革新、強み磨く好機に

元橋 一之
ファカルティフェロー

政府が使用電力の15%削減という節電目標を決定したのを受け、公的機関や企業は次々と節電対策を打ち出している。主な内容としては室内照明や温度調整などの省エネ、勤務時間の休日・早朝へのシフトによる電力需要の負荷平準化である。省エネ型のオフィス機器やシステム、太陽光発電など再生可能エネルギーの導入機運も高まっている。

地球温暖化問題に対応するためのエネルギー源として中心的な役割が期待されていた原子力発電のあり方が問い直される中で、節電はこの夏だけの問題でなく、わが国経済社会における長期的な課題として受け止める必要がある。

それでは、企業や家庭での節電の推進はイノベーション(技術革新)にどのような影響を及ぼすと考えられるか。

人口が減少する中で日本経済の長期的な発展のカギを握るのはイノベーションによる生産性の上昇である。節電対策は、短期的には企業活動を制約する公算が大きいが、長期的にはイノベーションの呼び水となって今後の成長の原動力となる可能性がある。本稿では、イノベーションの可能性と、それを現実とするために政府や企業がどのような行動をとるべきかについて考えてみたい。

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まず、日本はそもそもエネルギー効率が非常に高い省エネ先進国であることを指摘したい。国際エネルギー機関(IEA)統計によると、国内総生産(GDP)当たりのエネルギー消費量は経済協力開発機構(OECD)平均よりかなり低く、米国や中国の半分程度の水準となっている。

「フラット化する世界」の著者、トーマス・フリードマン氏は「アメリカ人はもういらない、東京人を模範に」と大量消費社会の象徴である米国的ライフスタイルの世界的な広がりに警鐘を鳴らしている。対極にあるのがコンパクトな生活空間でスマートな生活をする「東京人」だという。

日本の省エネ・環境対策が進んでいる背景には、国土の狭さなどの自然要因のほか、高度経済成長に伴う公害問題や、オイルショック時の石油価格高騰を受け企業が省エネや環境技術に積極的に取り組んだことが挙げられる。政府による規制や省エネ・環境投資に対する補助金や税制などの支援制度の影響も大きい。

日本は省エネや新エネの技術面でも先進国である。グラフは日本や米国などに出願される太陽電池関連特許の出願者を国籍別にみたものだが、米国特許や中国特許においても日本からの出願特許が約半分を占めている。

図:太陽電池に関する特許シェア
(出願者の国籍別)図:太陽電池に関する特許シェア

本格的な導入により大きな節電効果が期待できる発光ダイオード(LED)照明についても、同様の統計をみると日本の特許シェアは約4割を占め、米国や欧州を大きく引き離している。太陽電池やLEDは半導体技術がベースになっているが、この分野において日本のエレクトロニクスメーカーの技術レベルは、世界でトップクラスにあるといっていい。

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節電経済は、省エネや環境対策の優等生である日本の強みにさらに磨きをかけるチャンスであるととらえるべきである。

太陽電池パネルやLEDは、半導体チップのように生産量が増えるとともに歩留まりが上がり製造コストが低下する。従って、製品レベルの競争力は設備投資額との関係が強い。太陽電池についてみると日本企業は先端的な技術分野では強いが、コスト競争力で劣り、市場シェアでは欧米や中国の企業の後じんを拝している。

エネルギー変換効率の向上などの研究開発に加えて、需要の先見性を高めて、企業としても設備投資がしやすい環境を整備することが重要である。太陽光などの再生エネルギーは推進の方向には間違いないが、原子力発電のあり方も含めた長期的な国のエネルギー政策は不透明な状況にあり、投資環境としては良くない。なるべく早く大枠だけでも方向性を示すべきである。

また、日本企業は技術的には優れたものを持っているが、それを収益化する技術経営に弱いといわれる。省エネや環境技術についても、日本の強みを経済的な価値にするための戦略を練ることが必要である。

そのためには、部品や製品を生産・販売する方法だけでなく、これらをパッケージ化してシステムとして顧客に提供するビジネスモデルを構築することが重要である。個々の技術や製品では海外の競合企業と差別化するのが難しく、太陽電池のようにコスト競争で優位に立てないことが多いからである。

パッケージ化製品には、太陽電池に蓄電池や温水給湯機を加えたHEMS(Home Energy Management System=家庭用エネルギーシステム)や、ビル内の照明・空調も含めたエネルギー需要を最適に管理して省エネするBEMS(Building and Energy Management System=ビル用エネルギーシステム)などがある。本格的に市場が立ち上がった状況とはいえないが、今回の節電を契機として、世界に先んじて導入が進む可能性がある。

電力需要量を個別需要家ごとに把握しながら送配電ネットワークを制御する技術であるスマートグリッド(次世代送電網)も、今後再生可能エネルギーの導入が進む中で電力を安定的に供給するために必要性が高まる。これらのシステムを提供する際には、顧客ごとの異なる状況に応じて、最適に機器を組み合わせて全体を制御するシステムの設計が必要となる。

こうした複雑なシステムは個々の製品と比べて模倣が困難である。従って、世界に先駆けて市場ができることで、日本企業がその先行者利益を享受できる可能性が高い。

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グローバル展開をにらんだオープンな戦略をとることも重要である。節電対策の一環として国内需要は高まるが、長期的に大きな市場が広がっているのは米国や中国などの海外市場である。国内需要をてこにしながら、グローバルな展開をにらんで費用対効果が高いシステムを開発していくことが重要である。

複数の事業者の協業が必要なシステムについては、技術的な標準化を検討する際に海外市場を視野に入れて進めることが重要である。そのためには米国や中国など今後大きな市場が期待できる地域の大学、研究機関、企業などと協力関係を構築すべきだろう。

ただし、オープンイノベーションにおいては、相手をひきつけるためにオープンな技術とする一方で、利益の源泉となる重要技術はクローズドにして、両者のバランスをとりながら「技術の広がり」と「利益率」を両立させることが重要である。スマートグリッドについては国際的展開を視野に入れた標準化活動が進んでいるが、HEMSやBEMSの規格は業者によってバラバラの状態である。国内における標準化の推進と、国際化戦略の立案が急がれる。

さらに、これらのエネルギーシステムとインフラ事業を組み合わせたエコシティーと呼ばれる環境配慮型の新しい都市開発プロジェクトも脚光を浴びている。米国や中国、インドなど世界各国で具体的な建設プロジェクトが立ち上がっている。こうした取り組みは地元のデベロッパーを含めた国際的なコンソーシアム(企業連合)によって進められることが多い。

国内各所でエコシティーの実証実験が進んでいるが、事業採算性に関する検討は不十分だ。海外での事業ではより大きなリスクを伴うだけに、日本においてプロジェクトの事業リスクを評価し、採算性を考えて提案できるようにすべきだろう。

また、インフラ事業は投資の回収期間が長くなることから、プロジェクトファイナンスなど金融面でのノウハウも必要になる。民間企業がリスクをとって進める官民パートナーシップ(PPP=Public Private Partnership)に対して、国が支援するスキームを検討すべきである。

海外において新規事業を構築するビジネスを進めるには、国際感覚があって事業構想力に優れた人材が不可欠となる。海外の優秀な人材を積極的に活用するなど企業経営においてもオープングローバル化の推進が欠かせない。

2011年6月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年7月4日掲載

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