ITイノベーションと生産性―ITの戦略的活用を図るための条件―

元橋 一之
ファカルティフェロー

少子高齢化が進む中、日本経済の中長期的な成長を考える上でマクロレベルの生産性をいかに上げていくかが重要になっている。生産性向上の源泉は企業における新事業への取組やビジネスモデルの改革などのイノベーションである。

企業レベルのイノベーションと生産性の問題を考える上でITの利活用について検討することの意義が大きい。目覚ましいスピードで技術革新が進むITシステムは企業レベルの生産性を飛躍的に上昇させるポテンシャルを有している。

しかしながら、米国と比較して日本企業はITの利活用が遅れているといわれている。逆に見ると日本企業においてITの利活用を高度化することによって、まだまだ生産性を上昇させる余地が残っているということである。これは業種や企業の規模によらずといえることで、ITの戦略的活用はマクロ経済で見ても大きなインパクトをもつ可能性が高い。

筆者がハーバード大学ジョルゲンソン教授と行ったマクロレベルの日米比較分析によると、90年代以降、米国はIT投資の伸びとともに全要素生産性の加速が見られる。一方で日本はIT投資水準については米国と遜色ないものの、生産性の伸び率は芳しくない。また、筆者が商務省経済分析センターと共同で行った企業レベルデータを用いた分析においても、日本企業においてITと生産性の関係に問題があることが分かった。情報ネットワーク利用の有無によって全要素生産性の違いを分析したものであるが、米国においては情報ネットワークの生産性に対する効果が4.4%あるのに対して、日本企業はその半分以下の2.0%という結果を得た。

このように日本企業においてIT利活用による効果は現れているものの、そのインパクトは米国企業よりも小さくなっている。それでは、このような日米の違いはどのような要因に起因するものであろうか?

それを理解するためには、まず日米の企業組織の違いについて整理することが必要である。まず、日本企業の意思決定機構はボトムアップ型であるのに対して米国はトップダウン型であると言われている。また、それと関係するのが日本企業においては、従業員それぞれの仕事の分担や責任関係が明確になっていないケースが多いという点である。背景として、日本企業では長期的・安定的な雇用関係が見られることが多く、会社全体として従業員同士の顔が見える形で意思決定が行われることが影響していると考えられる。

一方で、米国企業では従業員の入れ替わりが早く、業務内容や責任分担が明確化され、契約やマニュアルといった形で明文化されていることが多い。このように考えると、意思決定スピードや業務効率の向上のツールとしてのITシステムは、米国企業モデルの方がより緩和制が高く、生産性との関係が明確に見られることは容易に想像がつく。

逆に日本企業に優位性があるのは、現場レベルで全社的な問題意識も共有されながら、ボトムアップのイノベーションが生まれてくる点である。ITシステムを用いた組織イノベーションも現場レベルの改善が積み重なって全社的に見ても大きな前進になるということもありえる。

しかし、その一方でともすればIT利活用は部門毎の部分均衡に留まり、全社的な有効活用については遅れるという状況になりがちである。経済産業省の調査によると、IT利活用について部門内では有効に行われているものの、全社的最適化が行われていないとする企業が半数以上を占めるということである。最近では、2008年3月決算期から導入される日本版SOX法対応の動きもあって、上場企業においてはITシステムの全社的最適化とそれにあわせて業務改革の動きは急速に進んでいる。

しかし、ボトムアップのイノベーションを大事にしながら質の高い業務改革を進めて行くためにはそのスピードはゆっくりとしたものにならざるを得ない。企業のおかれた状況によっては、トップ主導で社内の反対を押し切りながら改革を断行していくことも必要となろう。

このように考えていくとITによる生産性向上の解はそれぞれの企業がおかれた状況によるといわざるを得ない。例えば、鉄鋼や自動車のように生産技術が企業競争力の根幹を成す業種においては、生産現場のレベルの創意工夫を大事にするボトムアップアプローチが有効と考えられる。

ただ、現場レベルのイノベーションが個々の部門ごとに留まるのではなく、全社的に横展開させる努力が必要である。製品ライフサイクルが短く技術革新が激しいエレクトロニクス分野においては、競合他社の動向や業界構造の変化を迅速かつ的確にトップダウンの経営判断に生かして行くためのシステム構築が必要である。

さらに、小売業や銀行などのサービス分野においては顧客情報やマーケティングに重きをおいたシステム構築が重要であるといえよう。エレクトロニクスやサービス分野におけるIT戦略の実現はどちらかというとトップダウン的なアプローチが有効と考えられる。このようにそれぞれの企業における経営戦略全体の中でIT利活用のあり方を検討し、その効果的な実現手段をとることが重要である。また、日本企業の大層を占める中小企業がITを経営戦略のツールとして活用していくことも大事である。中小企業においては、IT戦略の構築や実施に大量の経営資源を投入することは難しい。

しかし、規模が小さいことによって、自社の業務プロセスの解析は比較的容易であり、簡単なシステムを導入することによって抜本的に生産性が上がったというケースも聞く。

いずれにしても、「既存顧客に対するレスポンススピードの上昇」、「新規事業分野への展開」、「新たな販売チャネルの開拓」などのいくつかの経営課題から重点領域を選択し、それを実現するための現実的なIT戦略を構築していくことが重要である。やはり、経営戦略の一環としてITシステムのあり方を問い直す。これがITイノベーションによって生産性向上を実現する鍵である。

2007年4月5日 生産性新聞に掲載

2007年4月13日掲載

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