ITの戦略活用 不十分

元橋 一之
ファカルティフェロー

情報ネットワークの浸透度では日米両国に大差はないが、生産性では大きな開きがある。日本企業のIT(情報技術)の戦略活用が不十分だからで、業務プロセスや組織の改革できていないのが一因である。特に中小企業のIT利活用を進め、生産性の向上につなげるべきである。

生産性の向上が成長の頼みの綱

日本経済は景気の回復が進んでいるが、少子化を背景に中長期的な経済成長の見通しは決して明るくない。供給側から見た経済成長率は、労働や資本などの投入量の寄与度と生産性(全要素生産性)の伸びに分解できるが、労働投入は労働人口が減少する中でマイナスの寄与となり、資本についても高い伸びは期待できない。従って、今後の日本経済を考える上で頼みの綱は生産性の上昇となる。これが日本中で「イノベーションによる生産性向上」の大合唱が起きている背景である。

マクロでの生産性とITの関係について理解を深めるため、イノベーションの内容を整理したい。

まず、企業内の技術開発や産学連携から生まれる技術的イノベーションがある。研究開発の成果として生まれる新商品や生産プロセスの改善は生産性の向上と直接的な関係がある。ただし、技術的イノベーションは主に製造業の企業に見られ、かつ大企業が中心となる活動である。日本の民間企業の研究開発費は総額で約12兆円であるが、トップテン企業の合計額はその4割近くに達する。上位に名前を連ねているのはトヨタ自動車や松下電器産業などの自動車やエレクトロニクス関連企業である。

第2の分類はサービスイノベーションである。研究開発とは異なるが、インターネットバンキングやサプライチェーンシステムのように銀行や小売業など非製造業でも日々イノベーション活動は行われている。銀行と小売業は米国でマクロレベルの生産性向上をけん引する部門である。

最終の分類が組織イノベーションである。企業経営における知識マネジメントシステムの活用やビジネスリエンジニアリングで多くの企業の生産性が向上している。組織イノベーションは、業種横断的ですそ野の広い活動であり、やはりマクロレベルの生産性を考える上で重要である。

このようにイノベーションの概念は幅広い活動を含むが、ITの活用はサービスイノベーションや組織イノベーションとの関係が特に深い。ちなみに、先ほど両者の事例として述べたものはすべてITの有効活用で実現されたものである。このようにITを用いたイノベーションは幅広い企業の生産性向上に影響が及び、マクロの生産性との関連が深い。特に日本では、製造業に比べ非製造業の生産性が低いといわれており、ITの利活用と生産性の問題を考える意義は大きい。

日米で大差ない情報ネット構築

それでは、日本でIT投資とマクロレベルの経済成長の関係はどうなっているのか? 筆者とジョルゲンソン・米ハーバード大学教授との日米比較分析では、日本経済におけるIT資本の経済成長への貢献は1990年代後半以降高まっている一方、全要素生産性の伸び率は低下している。つまり、IT投資が活発に行われ企業内でITシステムの装備率が高まっているが、その成果としての生産性は低下しているということである。これは日本企業のIT活用方法に何らかの問題があることを示唆している。

一方、米国では、IT資本の貢献の高まりとともに全要素生産性も伸び率が高まっている。米国の経済成長率は、2001年のITバブル崩壊で一時的に落ち込んだものの、生産性は引き続き高い伸びを示しており、その背景としてITの有効活用の影響が大きいといわれる。このようにマクロレベルで見たITと生産性の関係は日米で対照的な動きとなっている。

この点についてより詳細を明らかにするために、筆者は米国商務省の経済分析センターと共同で比較分析を行った。日本については約1万社、米国は約2万社の大規模な企業データベースを用いて分析したところ、情報ネットワークの活用によって米国企業の方がより高い生産性を実現していることが分かった。

日本企業では、情報ネットワークを活用している企業の全要素生産性は活用していない企業と比べ2.0%高いが、米国企業ではその違いが4.4%と2倍以上になっている。情報ネットワークの浸透度は日米両国で大きな違いは見られないので、やはり日本企業でITの使い方に問題があることを示唆している。

また、情報ネットワークの内容についてより詳細に見ると、日本企業では企業内ネットワークについてその生産性に対する効果が2.4%であるのに対し、企業間ネットワークは1.0%にとどまっている。これは中小企業で、取引先企業からの要請で新たな企業間の情報システムを導入したものの、十分に使いこなしていないケースが多いことによると思われる。これに対し米国企業は、受発注、生産管理、在庫管理など多くの企業間ネットワークで生産性の効果が表れている。

日本企業でITの有効活用が進んでいない理由はいくつか考えられる。1つは新たな情報システム導入に伴う企業の業務プロセスや組織の改革がスムーズに行われないことである。ITシステムは生産性向上のために必要な道具であるが、使いこなすことができなければただの箱である。例えばサプライチェーンシステムを導入しても、紙ベースでの受発注を担当していた購買部門がこれまでどおりの業務をオンライン上で行っていたのでは何も変わらない。

製造現場とサプライヤーの間に介在する購買部門がいらなくなっても、現場が抵抗し、うまく組織改革が進まない企業が多いのではないだろうか? また、サプライチェーンシステム導入を成功させるためには、部品共通化と生産性プロセスの見直し、サプライヤーの整理・集約化など膨大な作業が必要となる。これらの課題に全社一丸で取り組んで、はじめてIT導入の効果が現実になる。

この点と関係して、日本企業のITシステムは部門ごとにバラバラで全社的な最適化が行われていないとの指摘がある。財務・会計システム、受発注システム、営業支援システムなど、部門ごとにIT活用が進んでいても、全社で統合化されていないと企業パフォーマンスへの影響は限られたものとなる。日本企業に見られるボトムアップ型の意志決定メカニズムのせいで、トップダウンの改革が進まないことが影響していると思われる。

ステージ上昇で生産性も上がる

経済産業省は、企業のIT利活用について、「ITを導入した段階」(第1ステージ)から、「部門ごとの有効活用」(第2ステージ)、「全社的な有効活用」(第3ステージ)、「関係会社も含めた最適化」(第4ステージ)と段階をおって深化するモデルを提唱している。同省の調査によると日本企業の大半は第2ステージに分類される。また、筆者の試算によると企業のITステージが上がるほど高い生産性の伸びが見られることが分かっており、このステージ論はITと生産性のリンケージを考える上で重要な視点といえる。

最近では全社的にITを用いた業務革新を進めるために最高情報責任者(CIO)をおく企業が増えてきた。ただし、日本では、CIOが役員レベルでなかったり、他の業務との兼任取締役であることが多い。ITはあくまで業務効率化のツールで、企業の競争力を高めるための武器として認識されていないからであろう。

米国では、ITを新規開拓のための市場分析や市場へのレスポンスを高めるための戦略投資ととらえる企業が多い。日本企業もITを戦略活用することで企業の競争力を高める動きが広まることを期待したい。また、日本経済においてITと生産性のリンケージを強くするためには、経済の大宗を占める中小企業におけるIT利活用を進めることが重要である。

中小企業投資促進税制などIT投資に対する政策メニューはそろってきているが、活用効率を高めるためのソフトな対策が不十分である。中小企業に対するIT経営の指導・相談窓口の充実やコンサルティング人材の育成などが重要である。

2006年11月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2006年12月4日掲載

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