「本格的な産学連携の時代に向けて」-産学連携の実態に関する調査結果-

元橋 一之
上席研究員

2001年から2006年までの国の科学技術政策の基本的方向性を示す第2次科学基本計画には企業のイノベーション活動を促進するためのイノベーションシステム改革の方向性が強く打ち出されている。産学連携の推進はその中でも中心的な課題であり、大学や公的研究機関と企業の連携を強化するためにTLO法や産業技術強化法などの制度改革が急速に進んでいるところである。このような政策的な取り組みや2004年の国立大学法人化の動きとも関係して、このところ産学連携は一種のブームともいえる活況を呈しているが、その正確な実態について現状の政府統計から把握することは難しい。そこで、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)において、産学連携の実態を把握し、政策企画立案に役立てるためのアンケート調査を行った。本稿においては、この調査結果について紹介するとともに、今後の産学連携政策のあり方について述べることとする。

RIETIの産学連携実態調査は、経済産業省の企業活動基本調査の調査対象(従業員数50人以上かつ資本金3000万円以上の製造業、卸小売業の属する企業)である約3万企業のうち研究開発を行っている企業約7400社に対して行ったものである。調査の内容は企業の研究開発において、他の企業や大学も含めた外部研究機関との連携の実態、産学連携にフォーカスしたより詳細な調査、産学連携に対する評価や課題の大きく3本立てとなっている。

1.中小企業にすそ野が広がる産学連携

まず産学連携も含めた研究開発に関する外部連携の状況であるが、研究開発を行っている企業のうち約7割が何らかの形で行っており、大学との連携(産学連携)についても約4割の企業が行っている。日本のイノベーションシステムは「自前主義」が特徴であるといわれているが、研究開発の外部連携という点ではかなりの広がりをもっていることがわかった。この調査では2002年の現状と同時に5年前の状況との比較についても調べている。図1は連携の相手先別に外部連携を行っている企業の割合の動向を示したものである。

大学との連携の特徴としては、企業規模による連携率の格差が大きいことである。例えば1000人以上の企業については5年前において既に84.2%の企業が行っているが、100人以下の企業ではこの割合が17.3%に落ち込む。その他の機関との連携においては、このような大きな差は見当たらない。ただし、ここ5年間で大学との連携率は特に規模の小さい企業において高まっており、産学連携のすそ野が広がってきているということが理解できる。また、この調査においては、外部連携の今後の動向についても併せて調査している。大学との連携については42.3%の企業が連携を強化する(51.7%が現状並みで5.9%が減少)としており、その割合は大企業や中小企業、国立研究機関などに比べて大きい。企業において産学連携に対する期待は高まっているものと考えられる。

これまで研究開発の外部連携を相手別に見てきたが、その内容については相手別にも異なり、かつ多様な連携形態が存在する。連携の形態としては、「共同研究」や「委託研究」のような研究開発活動を伴うものの他に、「技術相談」や「人材派遣・研修」のようなよりソフトな技術移転を期待するもの、また「特許やノウハウのライセンス」に見る特定の技術の導入まで幅広い内容を含んでいる。この形態別の連携率を見たところ、産学連携については「共同研究」が最も高く「技術相談」、「委託研究」と続いている。企業との研究開発連携と比べて特徴的なのは「技術相談」の比率が高い一方で「特許の利用」の比率が低いことである。つまり、大学との連携については、特許のようにすでに技術が確定してものを導入するというのではなく、産学が連携して共同で技術開発を行っていく、あるいは大学における基礎的知見を企業内における研究開発戦略に役立てているというケースが多いということである。

この点をより詳細に検討するために、外部連携において企業が期待する効果について調査した結果を示したものが図2である。大学との連携については「自社にない専門的知識・技術の習得」を挙げる声が最も大きくなっており、「自社単独では行えない研究開発の実施」が続いている。また、「人材の獲得や人脈の形成」を挙げる声が相対的に高い一方で、「新商品の開発につながった」とする声は低い。このように、大学との連携については、自社の研究開発能力の向上のような長期的な視野で行われているケースが多いということが言える。

2.規模的には小さいものに留まる産学連携

このように産学連携のすそ野は中小企業にも広がりつつあるが、その規模についてはどの程度であろうか? 図3は共同研究、委託研究、奨学寄附金について、それぞれ行っている企業の平均的な規模を示したものである。すべて2002年度の支出ベースで調査しているが、共同研究については、年間予算が約6000万円で件数としては平均4.5件(1件あたり平均金額が1400千万円)のプロジェクトを行っている。なお、これらの金額に占める公的助成の割合は17.8%とかなり高くなっている。委託研究については、年間約5000万円で平均7.4件(1件あたりの平均が約700百万円)となっており、奨学寄附金については150万円程度のものを6から7件出しているということが分かった。

なお、これらのデータはそれぞれの連携を行っている企業の平均を求めたものであるが、調査サンプルに占める共同研究、委託研究、奨学寄附金を行っている企業の割合は、それぞれ27.7%、15.3%、12.5%となっており、調査サンプル全体ベースでの合計金額を推計すると約2000億円となった。調査の母集団である企業活動基本調査における研究開発費の総額(平成11年調査)は約8.6兆円となっているので、大学との連携に伴う費用の割合は約2.2%と極めて小さいものであることが分かる。売上高が数兆円規模の大手電機メーカーにおいては数千億円単位の研究開発が行われているが、日本における産学連携費用をすべて合計しても約2500億円となり、大手企業1社の研究開発費に満たない。

RIETI産学連携実態調査においては、産学連携に対する企業のインプットと同時に経済的なアウトプットについても調査を実施した。産学連携の経済的な効果としては、図2でみたように直接新商品につながるケースが少ないことから、その把握については相当困難であることが考えられる。従って、ここではその効果が研究開発費との比較でどの程度あったかについて定性的な把握を試みた。その結果については図4のとおりである。研究費以上の経済的貢献があったと見る企業は全体では17.8%となった。この比率は企業別に見ると若干の増減が見られるがおおむね5分の1以下の企業に留まっており、「ほとんど貢献していない」とする企業も3割程度存在している。この結果をどのように見るかについては解釈の分かれるところであろうが、産学連携がうまくいっていないというより、産学連携の目的を短期的な売上げや利益の増大においていない企業が多いと見ることが適当であろう。もし産学連携がうまくいっていないのであれば、多くの企業において今後、産学連携を強化させていくという調査結果とは矛盾するからである。(図5

3.産学連携を活発化させるためには

最後に今後産学連携を活発化するために必要な対策を検討するうえで重要な指標を紹介したい。産学連携を行う上での障害に関する調査結果である。

共同研究を行っている企業とそうでない企業について分割して結果を示しているが、双方とも「自社が産学連携に不慣れ」を挙げる声が高い。これまで述べてきたように産学連携は大学にある技術や知識を企業に一方的に導入するものではなく、共同研究などを通じた双方の共進化のプロセスが重要な役割を担う。従って、産学連携を効果的に行うためには自社内の研究開発に関するキャパシティ(absorptive capacity)を高めることが重要である。「自社が産学連携に不慣れ」については共同研究を行っている企業においても多くの企業が障害として挙げており、これはある程度やってみて新たな問題意識が発生するという共進的なプロセスや試行錯誤の必要性をサポートするものである。このように、産学連携推進策は企業おける研究開発能力の向上を促進するための政策と一体的に行われることが重要である。

また、共同研究を行っている企業においては「実施の責任や役割が不明確になりがち」を挙げる声が最も高くなっているが、これは大学サイドにおける制度整備によって解決できる問題である。これまで大学サイドにおいて、プロジェクトの運営は教官個人の責任に任されていたところが大きいが、多くの大学において設置されているTLO、産学連携セクション、特許セクションなどが有効に機能していくことが期待される。

最後にRIETI産学連携調査のデータを詳細に検討していくと、「産学連携に対して不慣れ」が原因で連携を行っていない企業の中にも研究開発・売上高比率で産学連携を行っている企業と遜色ない企業も多数存在することが分かった。特に情報の非対称性が強い中小企業にとって、共進的プロセスや試行錯誤を必要とする産学連携は「敷居が高く」、取り組みが遅れていることも考えられる。産学連携に関する事例の紹介や大学における技術の紹介などの情報提供を活発化させることも産学連携のすそ野を一層広げていくためにも重要である。

1)本稿における見解は筆者個人のものであり、その所属する機関のものではない。

2)サンプル設計や回収率等の調査方法に関する詳細や調査項目の詳細については、経済産業研究所のホームページ(http://www.rieti.go.jp/jp/projects/innovation-system/index.html)を参照されたい。また同サイトではここで紹介する調査結果概要の他、結果の詳細を記載した報告書についても電子ファイルでダウンロードできるようになっているので併せて参照されたい。

3)なお、「科学技術研究調査」(総務省)による日本企業の研究開発費総額は11.4兆円(平成14年度調査)となっており、企業活動基本調査によって相当部分がカバーされていることが分かる。11.4兆円ベースでの産学連携に係る費用を推計すると約2500億円となる。(企業活動基本調査をサンプルとして得られた産学連携比率2.2%を、11.4兆円ベースで適用)

2003年9月号 『InterLab』に掲載

2003年8月21日掲載

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