企業統治に求められる視点 「新たな日本型モデル」構築を

宮島 英昭
ファカルティフェロー

企業の目的を巡る社会規範が大きく変化し、ステークホルダー(利害関係者)を重視する見方が影響力を強めた。かつて株主価値の最大化を企業の目的とする米国型モデルに収れんすると展望された世界は、むしろステークホルダーモデルへの傾斜を示している。

他方、日本では株主主権の強化を通じた企業成長の実現を目的とする企業統治改革が進展する過程で、世界的な新しい動きにさらされた。では日本の企業統治はどこに向かうべきか。

株主による強すぎるガバナンス(統治)が意識された英米とは対照的に、日本では依然弱い株主のガバナンスが問題視された。それは国際的にみて低い自己資本利益率(ROE)、事業再編成の遅れ、保守的な経営の原因とされ、株主の関与強化や取締役会改革を通じて、これらの問題を解決するというのが企業統治改革の基本方向だった。

だが改革は十分にそのビジョンを実現していない。

齋藤卓爾・慶大准教授との共同研究によれば、安倍政権期にROEは上昇したが、企業統治改革の効果は明確ではない(表参照)。しかもこの間、総資産回転率は低下し、資産圧縮は進んでいない。また、企業統治改革が設備投資や研究開発(R&D)投資を促進したという証拠も確認できない。他方、改革後も期待に反して負債の圧縮、現預金の積み増しが進んだ。唯一の明確な変化は、配当や自社株買いなどの株主還元が顕著に増えたことである。

企業業績と企業行動(東証1部上場企業平均)

それでも筆者らは、依然として株主主権を強化する方向の改革は重要だと判断している。周回遅れの課題に取り組んだ改革はいまだ道半ばであり、近視眼の弊害は英米に比べ軽微だ。

日本の企業統治改革の課題は「近視眼のわなに陥ることなく、株式市場の役割を重視した改革を通じてイノベーション(技術革新)と経済のダイナミクスを実現し、企業が社会の持続可能性を考慮する枠組みを創出すること」に集約できる。換言すれば、米国型への接近でも日本型モデルの復活でもなく、両者を結合したハイブリッドな「日本型モデル2.0」のデザインである。以下では、この第3の道を戦略的に追求するための課題を提議したい。

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まず企業の目的(存在意義)を再定義する必要がある。今提唱されている主張は単に長期的な企業価値の最大化やステークホルダーの利害の十分な考慮を経営者に求めるだけではない。

こうした考え方は、日本に根付いたステークホルダーを重視する見方と親和的ではあるが、必ずしもその延長線上にあるわけではない。伝統的な日本型モデルでは企業に直接関与する従業員、債権者、地域社会を対象とし、主たる争点は配当と雇用の間の付加価値配分や事業再編成にあった。

だが再定義された企業の目的は環境保全、社会的不平等の解決、社会的包摂の強化であり、コミット(関与)した企業に利益が還元されるとは限らない。またステークホルダーには企業活動から多様な影響を受ける市民や環境、次世代も含む。その意味で企業が直面する地球的課題に対処するには、正規雇用者を中心とするこれまでの日本型モデルでは不十分であり、社会的価値、将来世代への影響を内部化した新たな目的の再定義が不可欠である。

新たな日本型モデルのデザインは、さらに企業統治指針を通じて改革の進展した取締役会や独立社外取締役の一層の整備を含む。

第1に日本企業が取締役会の監督面を強化することは依然重要な課題だ。もっとも、取締役機関の整備や独立取締役の選任拡大は万能ではない。特に投資・リスクテイクの促進に対する取締役会の貢献の経路はもともと曖昧であり、効果も不明確だ。その達成には、雇用システムの改革や税制面など他の政策的な手段で補完することが必要だ。

第2に取締役会の役割としては、近視眼的経営を促す圧力に対する守護者・裁定者としての役割が重要となる。株主とステークホルダーの利害の対立はむしろ常態だ。事業部門の売却、負債活用による資金調達、現預金の圧縮、配当・自社株買いの拡大は、企業の効率性の改善に資する場合も単に富の移転に帰結するだけの場合もある。投資家やアクティビストからの提案に対し、取締役会や独立取締役は裁定者として役割を果たし、裁定にあたっては再定義された企業の目的が中核的な評価基準となる。

第3に新しい課題は取締役会に対し、社会の持続可能性に関する戦略設定、ESG(環境・社会・企業統治)投資の決定への関与を求めている。従来取締役会の多様性ではジェンダーや国籍が注目されていた。しかし今後は取締役のスキルとして環境問題に対する知識が不可欠である。気候変動、生物多様性、自然資本の維持、循環経済の実現といった問題に精通するエキスパートの取締役会への参加が重要な選択肢となる。

新たな日本型モデルを支えるのは、株式リターンを追求するポートフォリオ投資家と長期保有のブロック株主による所有構造だ。アクティブ運用を担う機関投資家やアクティビストは資本供給の増加、資本コスト引き下げを可能とする。一方、長期保有のブロック株主が会社の社会的コミットメントを支える。

このハイブリッドな所有構造について、現在の政策上の争点との関連で以下の点を強調しておきたい。

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第1にアクティブファンドやアクティビストの圧力はしばしば近視眼的として批判されるが、その効率面の役割は近年徐々に上昇している。海外機関投資家の投資は今や中小型企業にまで拡大し、その銘柄選択と退出は重要な企業統治のメカニズムとして機能し始めた。内外のアクティビストの関与は、取締役会改革や財務政策の転換を促進させる圧力となっている。

第2に上場株式の政策保有の圧縮が促進されているが、事業法人の株式保有は一般的に否定されるべきでない。確かに会社が少数の株を相互に持ち合うことは企業統治面の問題を含み、解消が必要だろう。だが親子上場を含む事業法人のブロック保有は、創業者やその家族の所有と並んで、目的の実現に向けた長期的な経営を可能とする。ただその条件は、事業法人の政策保有が少数株主からの「委託された管理者」としての機能を果たすことだ。事業法人は従来以上に大きな説明責任が課される。

第3に事業法人以上に長期投資家としての期待がかかるのは、英米と同様に、将来世代の資金を運用する年金基金と長期的観点から運用する機関投資家だ。

機関投資家の保有資産のパッシブファンドへの移行が進んでいる。こうした投資家は個々の企業の経営政策の改善に関与する誘因が乏しい。半面、市場や社会が抱えるシステム全体のリスク削減に対しては強い誘因を持つ。機関投資家の成長は、企業が地球的課題の解決を含む目的に長期にコミットする所有面の基盤として、日本型モデル2.0の重要な制度的条件になると想定される。

2021年9月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年9月24日掲載

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