海外M&Aの統治を問う-分権と集権の最適化カギ

宮島 英昭
ファカルティフェロー

海外M&A(合併・買収)が企業経営に大きな影響を与えるケースが目立っている。東芝は米ウエスチングハウス(WH)の業績悪化のため多額の損失を計上した。日本郵政は物流子会社の豪トール・ホールディングスに巨額ののれん代が発生し、減損処理する事態に陥った。もっとも海外M&Aが大きな損失を計上し、減損や撤退を迫られる事態は今に始まったことではない。損失が目立つのはなぜなのか、解決策として何が考えられるのか。企業統治の観点から検討しよう。

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海外M&Aの最初のブームは、バブル経済と呼ぼれた1980年代後半に訪れた。国内での資金余剰を背景に、円高で割安となった不動産や流通を中心に買収が続いたが、多額の損失を抱えて撤退したケースか多かった。

第2のブームは2000年代初頭から戦後初の国内M&Aのブームと並んで進み、06〜08年にピークを迎えた。背後には技術革新や国内需要の成熟化と共に、持ち株会社など機動的なM&Aを可能にする組織の変化があった。

第3のブームは11年からで、国内でのM&Aが停滞する一方、円高を背景に海外の大型M&Aが急増した。国内市場が縮小する中で、海外M&Aは成長を維持するための唯一の選択肢と捉えられた。さらに国内の資金調達の条件が好転した15年からは、M&Aが活発な通信、製薬、卸売業だけでなく、金融・保険や、機械業でも増加した。

ところで、M&Aで買収側が利益を得るケースは半分程度と言われる。監査・コンサルティングのデロイトトーマツグループによる海外M&Aの分析(08、10、13年)では、買収目的を達成した「成功」のケースは平均30%、目的を実現できなかった「非成功」は21%と試算している。海外M&Aがリスクの高い試みであることがわかる。

リスクが高くなる理由は、海外では情報不足のため買収後の価値創造のシナリオが精度を欠くといった要因に加え、買収にあたり過度のプレミアム(上乗せ価格)を支払うためでもある。表では最近の主な海外M&Aのうち、プレミアムが判明している34社の代表例と平均などを示した。買収前の株価に対するプレミアムが最大の案件は大日本住友製薬によるカナダ企業の買収の123%で、平均でも5割近くにのぼる。

プレミアムの源泉は時間を買う効果や、自社に不足する人材・ノウハウ・技術の獲得、買収後のシナジー(相乗効果)にあり、これらの効果によって企業価値がプレミアム以上に高まるという期待がある。ところがプレミアムはこの期待されるシナジーを超える金額になりやすい。

まず、海外M&Aでは同業他社と競合する場合が多い。また海外展開を狙う企業にとって「ぜひとも買収を実現させたい」という希望が買収価格の上昇を許す。さらに国内で成長機会の限界に直面した企業は十分な内部資金や、大きな借り入れ余力を持つケースが多く、高いプレミアムの提示を可能にしている。

表 大型海外M&Aの事例と買収プレミアム
買い手 売り手 買収金額
(10億円)
買収プレミアム
2016 ソフトバンクグループ アーム・ホールディングス(HD) 3,323 42.9%
2014 サントリーHD ビーム 1,679 24.0%
2015 東京海上HD HCCインシュアランスHD 941 35.8%
2008 武田薬品工業 ミレニアム・ファーマシューティカルズ 900 53.0%
2015 日本郵政 トールHD 620 53.0%
34社平均 477 48.5%
中央値 328 42.8%
最小値 53 15.0%
最大値 3,323 123.0%
(出所)レコフなど。2005〜16年の500億円以上の海外M&A案件のうちプレミアムの判明する34件

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このようにM&Aには潜在的に過大な支払いの可能性が存在し、これを抑制するには有効な企業統治が不可欠である。ただ、最高経営責任者(CEO)の主導のもと準備を重ねた海外のM&Aについて、締結直前に「勇気ある撤退」を決断することは社内的には容易でない。そこで外部からの統治が重要となる。

取引の再検討を促す第1の候補は資金の提供者だ。しかし既述の通り。近年の海外M&Aは内部資金で賄われる場合も多く、また金融機関にとってM&Aは優良な収益機会であり、制約要因にはなりにくい。第2の候補は機関投資家だ。高いプレミアムを設定した買収案件に対する株価の反応は、マイナスになるケースが多い。米英では過大なプレミアムを伴うM&A案件に機関投資家がブレーキをかけるといわれる。だが日本では投資家が対話や議決権行使を通じてM&Aの決定を覆すケースは多くない。

今後、抑制役として期待されるのは社外などから招く独立取締役だろう。重要なM&A案件は取締役会の決議事項であり、不適切なM&Aの承認は取締役の責任が問われる。08年にオリンパスが英企業を買収した案件では、巨額の簿外債務の処理のために多額のプレミアムと関係者への報酬を計上した。この買収が取締役会で大きな異議もなく承認されたことが、不祥事の発覚後に問題となった。

近年のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の導入で独立取締役に期待される機能の1つが、M&Aの適切な監視である。企業側は独立取締役にプレミアムの水準を含めたM&Aの合理性を説明し、独立取締役は積極的に意見を表明する。このため海外M&Aを成長戦略の中心に据える企業は、海外事業の経験や専門知識を持つ人材を独立取締役に選ぶことが不可欠であり、独立取締役はM&Aへの適切な助言と過大な案件へのブレーキという2つの役割が期待される。

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M&Aの成否の大部分は、統合後の買収企業の組織の再編成(PMI)に依存する。特に海外M&Aの場合、被買収企業の経営や労働慣行が買い手と異なる程度が大きく、指導や管理にも地理的な制約があり、統治の困難さは国内に比べて増幅される。

一般に買収企業が被買収企業の統制を強める集権化と、経営の独立性を維持する分権化の間には強いトレードオフ(相反)が存在する。取締役会での多数派の確保などの形で集権化を進めれば、間接費の増大や被買収企業の意思決定のスピード低下ばかりでなく、優秀な人材の離散を招く。それを回避するために独立性を過度に保障すれば被買収企業の経営の暴走を抑えきれず、またグループ全体でのシナジーの実現を損なう。

こうしたトレードオフを解決し、最適な分権と集権の組み合わせを見いだすことが、M&Aを通じて海外展開を進める企業にとって緊急かつ永続的な課題であろう。日本たばこ産業など海外M&Aを重ねてグローバル化を実現した企業では、独自の権限配分の体制を築いている。現在、海外M&Aに取り組み始め、その管理で問題に直面している企業では、総じて海外子会社の管理が分権化の方向に傾き、「買いぱっなし」といわれる事態が目立つ。

今後、シナジー実現のためにM&Aを進めた企業は集権化を強める必要があるが、そこで第1のカギとなるのは人材だ。特に内需型企業が成長の活路を海外M&Aに求め、海外事業を国内事業と一体的に運営する場合、海外子会社の管理にあたる人材が育っていないなどのあい路に直面する。今後、外国人を含む管理部門の人材の多様化と、国内のグループ会社で経験を積んだ優秀な人材の派遣を組み合わせたコントロールの適切な設計が求められる。

第2に、子会社のガバナンスの中核は経営陣の選任・解任や報酬の決定であり、適切な運用には目標数値や評価指標の明確化とモニタリング(監視)が重要になる。買収後の組織の再編成で苦しむ多くの海外M&A案件では、評価の指標を最終利益に限るケースが目立ち、シナジーが実現されていない。今後は本社の商品・技術の導入などシナジーに関する目標を明確にし、それを実現する施策を決める権限を海外に与えるなどの方策が必要となるだろう。

2017年6月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年8月4日掲載

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