日本企業の経営改革へ―独立の監査委員会 設置を

宮島 英昭
ファカルティフェロー

政府の成長戦略の策定と並行して、今後の企業システムの設計を巡る議論が再び熱を帯びつつある。1990年代から2000年代前半の銀行危機を機に、日本の企業システムは大きく変化した。日本のリーディング企業では、銀行との株式持ち合いが急速に後退し、他の先進諸国と同様に機関投資家中心のアウトサイダー(外部株主)優位の株式所有構造に近づいた。

株式時価総額上位200社(11年度末)平均では、銀行や事業法人の株式保有比率35.6%に対して、内外機関投資家は38.9%に達し、個人保有分を加えると金融上の利益と投資目的とする株主は半分を超える。最近、筆者が中心となって実施した経済産業研究所のアンケート調査でも「現在どのステークホルダー(利害関係者)を重視していますか」に対する回答で、株主重視が従業員重視を上回った。

◆◆◆

しかし、同時に多くの日本企業は、正規従業員の比重を圧縮しつつも、そのコアとなる従業員については終身雇用を維持している。先のアンケート調査でも、賃金制度の大幅な変更や有期雇用の大幅な拡大を予定している企業は少なく、終身雇用を前提としながら部分的に成果主義を導入するという方針が多数派を占めた。また「業績悪化時、配当と雇用のどちらを優先しますか」という問いに雇用と回答した企業は9割に達する。

このように株式保有における外部株主の台頭と終身雇用の維持というハイブリッドな構造は、現在の日本のリーディング企業を特徴づけはじめた。米国企業や英国企業では、個人投資家や機関投資家による外部株主優位の所有構造が、流動的な労働市場や従業員の社外のスキル形成と結合している。それに対して、大陸欧州やアジアのリーディング企業では、創業家一族や事業会社(関係会社)によるインサイダー優位の所有構造と、中程度に流動的な労働市場や社外のスキル形成が結合している。その意味で、現在の日本企業のハブリッド構造は世界的にもユニークであり、そのため他の地域とは異なる問題を抱えている。

現在の日本企業のハイブリッドな構造の抱える深刻な欠陥の1つは、外国人投資家に代表される外部株主の株式所有は顕著に増加したものの、彼らの企業に対するコミットが依然限定されている点にある。オリンパスのケースは、その問題を端的に示した。マイケル・ウッドフォード氏の社長解任によって重大な真実が明るみに出て、一部の外国人投資家から変革の要求が高まったにもかかわらず、その再建への外部株主の関与は困難であることを証明した。

オリンパスの株式は銀行や事業法人による保有が維持され(10年度末の発行株の39.4%)、外部株主(外国人投資家と国内機関投資家)による所有は合計でみれば高いものの(同42.0%)、それぞれが断片的であるため実質的な支配権を行使できないまま終始した。注目すべきは、銀行や事業法人という伝統的な利害関係者が再建のイニシアチブをとった(インサイダーのコミットが強すぎた)ことではなく、内外機関投資家の再建に関与する姿勢が一部の外国人を除いて著しく消極的であった(外部株主のコミットが弱すぎた)ことである。

この事実は、日本のリーディング企業ですら統治構造の空白が生じていることを示唆する。外部株主は配当など財務政策には影響を次第に強めているものの、いまだ実効的に支配権を行使していない。外部株主の関心は当然、企業パフォーマンスにあるが、終身雇用が維持され、スキル形成の基盤となっている事実は、従業員などの利害が企業パフォーマンスに依然決定的に重要なことを意味する。日本企業が前進するためには外部株主の利益と、経営に対するコミットの適切なバランスを図る必要がある。

◆◆◆

この実現策について筆者は英オックスフォード大学のコリン・メイヤー教授と議論を重ねてきた。まず考慮に値するのは、株主の長期コミットを可能とする種類株式の設計である。株主に長期保有のインセンティブを与える手法としては、保有期間に応じて特別配当を与えるなどの手法がある。しかし、日本の場合、焦点は株主の企業に対するコミットを引き上げる点にあるから、将来にわたって長期に保有される株式に、普通株より大きな議決権、特により大きな取締役の選任・解任権を与える方法が有効である。

種類株の発行自体は世界的に珍しくない。米グーグルなどの上場の際にも利用された。また、あまり知られていないが、実は世界的な成功を収めてきた欧州企業のいくつかはこの二元的な株式発行を実施している。たとえばフランスのダノンやカルフール、英蘭ユニリーバ、デンマークのカールスバーグは長くこれを活用してきた。また、そこでは、産業財団と呼ばれる財団が長期株主となっているケースが多い。

日本の場合、この複数議決権の仕組みを、企業経営に対する外部株主のコミット促進のために応用すべきである。日本企業の長期的株主の候補は、年金基金や生命保険会社などの内外機関投資家だ。長期の株式保有にコミットした株主に、より多くの議決権を与えるこの制度の導入は、海外機関投資家がより長期的な時間軸で、投資先企業の監視とそのガバナンスの改善に重要な役割を果たすことを促す。また、この種類株の導入は、株式を長期に保有しながらこれまで議決権行使に消極的だった国内の機関投資家(保険会社など)のガバナンス活動も活発化させる。

第2の検討課題は、企業経営にあたる経営陣(現在の日本企業の多くでは事実上取締役会)を監督する独立性の高い機関の設計である。先述した企業やドイツのロバート・ボッシュ、スウェーデンのイケアなど産業財団を大株主とする欧州有力企業のもう1つの特徴は、独立した監査委員会による経営の監視であり、その主要な任務は財団の原則を順守した経営を保障し、株主だけでなく従業員など異なる利害関係者の利益を経営に反映させることにある。

我が国でこれを実現するには、会社法改正により今後選択が可能となる監査・監査委員会を積極的に利用することが現実的である。十分な規模の委員会を組織し、監査の範囲を拡大・明確化する一方、メンバーの独立性を高め、長期投資家の代表が加わることが必要である。

この組織革新は、日本企業にとって2つの意味で特に重要である。第1に、オリンパスのケースで示されたように、現在、より実効的な経営監視が必要とされており、現行の経営陣から独立した役員からなる監査委員会はこの実現のための最善の方法であろう。

第2に、社内で開発された中核技術に競争力の基礎を置く日本のリーディング企業は、外部株主優位への移行過程にありながら、終身雇用のもつ利益を維持する合理性があり、この独立監査委員会によって異なる利害関係者の利益をバランスさせることが不可欠である。その点で、この独立監査委員会の担う役割は、ドイツ企業に見られる、取締役会と分離された監査役会によって担われている役割に類似している。

◆◆◆

長期的株主の創出と独立監査委員会の導入は、日本企業の特徴である長期的視野に基づく経営を実現し、終身雇用の維持と効率的なガバナンスを両立させる可能性がある。それは、低い自己資本利益率(ROE)などの問題を解決して、日本企業の成長の鍵となりうる。日本企業は、長期保有が合理的となる種類株や経営への有効な監視を実現する機関の設計を自ら模索すべきである。こうした仕組みが実現すれば、内外の機関投資家の長期投資が促進され、経営監視に対してより活発な行動をとることが期待されよう。

2013年5月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年5月21日掲載

この著者の記事