かつて日本の上場企業では銀行・事業法人などの法人株主が上位を占めていた。株主構造は極めて安定しており、日本企業の長期的経営を支える基礎となった。しかし、こうした法人優位の株主構造はこの十数年間に劇的に変化した。中心的な動きは持ち合いの解消と、内外、特に海外機関投資家保有の増加である。
外国人株主の増加が企業経営を近視眼的にしているといった批判が聞かれる一方で、従業員主権と呼ばれる日本の企業統治に実質的な変化は生じていないという見方も根強い。本稿では日本の企業統治の現状と今後の課題を探る。
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株主構造を分析する場合、投資収益を目的に株式を保有する株主(アウトサイダー)と、経営者および経営者と友好的な関係にあり、株価以外の関心から株式を保有する株主(インサイダー)に区分することが有用である。インサイダーには経営者、従業員持ち株会、取引関係のある法人が含まれる。アウトサイダーは内外の機関投資家、個人株主からなるが、これまで機関投資家のシェアは低かった。
1990年代に入ると金融のグローバル化に伴って、海外機関投資家の保有が増加した(表参照)。特に規模が大きく、流動性が高く、市場で名声の確立した時価総額上位企業で著しい。ただこの局面では、インサイダー優位の株主構造はまだ崩れていない。
構造が大きく変化したのは97年の銀行危機からだ。銀行は不良債権処理のために、売却が容易な優良株を中心に保有株式の売却を進めた。企業側は、資金調達面で銀行依存から脱却した企業を先頭に、リスクが上昇した保有銀行株の売却を進めた。銀行株の売却は2005年まで続いた。
その一方で、03年から海外機関投資家のシェアが一段と増えた。ピークの06年度末には、全上場会社の時価総額に占める海外投資家のシェアは28%に達した。アウトサイダー全体のシェアは60%を超えた。
06年前後からは、敵対的買収案件の発生を背景に持ち合いの復活が注目された。しかし集計データからは持ち合い比率の上昇は確認できない。企業レベルでみても持ち合いを強化したのは、規模が小さく、内部昇進の取締役の比重が高く、余剰資金を抱え、大量買い付けに直面した経験のある企業にとどまる。
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アウトサイダー優位の構造への変化は、日本企業の行動にいかなる影響を与えているのか。第1に、実証分析によれば、機関投資家のシェアが高い企業ほど、90年代末からの取締役会の規模の縮小、執行役員制の導入、独立取締役の採用などの一連の改革や情報公開に積極的であった。
ここで強調したいのは、機関投資家が現在では、外形的な特徴を銘柄選択の基準として重視していないことだ。有力な外資系機関投資家にヒアリングしたところ、議決権行使の際に通常重視される独立取締役やストックオプション(株式購入権)の採用、買収防衛策の導入などは、事前の銘柄選択に当たっては明示的な指標とされていない。投資収益の増加につながる的確な戦略の策定に貢献(もしくは制約)する場合に限って、判断材料にするという。
第2に、機関投資家の増加は、企業行動に実質的な影響を与えている。近年の研究によれば、海外投資家のシェアが高い企業ほど、売り上げの変化に対応した雇用の調整のスピードが速く、成長戦略としてM&A(合併・買収)を選択する確率が高い。
機関投資家は企業の配当政策の決定にも影響を与えたため、配当偏重の傾向を生み出したとも指摘される。しかし実際には00年代以降、配当額の増加と並行して、内部留保も増えており、配当性向の上昇はわずかである。むしろ注目すべきは、高い機関投資家比率が配当の利益弾力性を引き上げていることだ。
しかも、機関投資家の増加は企業に近視眼的な経営を強いているわけではない。外国人投資家が増えると、企業が当期の目標利益や配当を維持するために、R&D(研究開発)支出を圧縮する危険が指摘される。しかし早稲田大学の蟻川靖浩、川西卓弥両氏と試みた実証分析によれば、機関投資家のシェアが高い企業で、R&D支出が当期のキャッシュフロー(資金収支)の増減に強く影響を受けたという証拠はない。むしろヒアリングによれば、R&Dや広告・宣伝費などの支出の圧縮は悪いニュースと評価される。
では、海外機関投資家の増加は企業パフォーマンスにどのような影響を及ぼしているのか。実はこの因果関係を確認することは容易ではない。機関投資家はパフォーマンスの高い企業を買う傾向があるし、さらに対内投資の増加が機関投資家の選好の強い企業のみに需要ショックを与え、これらの企業の株価を引き上げる可能性もあるからだ。
そこで、日本生命保険の新田敬祐氏と試みた分析では、株価の影響を直接受けない総資産利益率(ROA)をパフォーマンス指標に、逆の因果関係を可能な限り排除して推計した。それによると、海外機関投資家のシェアが高い企業ほど、ROAの上昇率が大きいことが確認できた。特にこうした効果は02年から06年の時期に顕著であった。
海外機関投資家は日本企業に対する情報蓄積を進め、監視能力を高めた。国内機関投資家も00年以降、投資先企業や親会社からの独立性を高めるとともに、受託者責任を意識して議決権行使に積極的となった。内外の機関投資家は国内の年金基金の運用委託を巡り競合することもあり、投資行動の差は縮小している。機関投資家は企業統治で確実に影響を強めつつある。
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以上の見方が正しいとすれば、今後の日本の企業統治における課題は何か。
第1に、日本のリーディング企業に関する限り、企業統治制度についてはほぼ整備を終えた。アジア・コーポレート・ガバナンス協会の最近の調査は、情報公開などの日本市場の企業統治を巡る制度の改善と、企業の自発的な取り組みを評価している。海外機関投資家の運用担当者からも、形式面では問題ないとの評価を得た。日本株が魅力を失っているとしても、企業統治の仕組みが国際標準から遅れていることに原因があるわけではない。今後の課題は、経営者が経営効率やファンダメンタルズの改善に向けた自社のビジョンを市場に丁寧に説明することであろう。
第2に、企業統治の課題は、経営者を規律するだけでなく、その裁量を保障し、企業価値を引き上げる仕組みをつくる点にある。機関投資家のシェアが50%を超える事態は日本の企業経営者にとって未知の領域であり、そこに株主安定化を図る誘因が生まれる。しかし、一部の企業が「戦略的提携」を試みた結果、世界同時不況後に保有株の減損処理を強いられ、企業のインサイダーからも合理的な選択ではないとの指摘を受けた。そこで、持ち合いに依存しない経営権の保護の仕組みの設計が重要な課題となる。
幸い、リーマン・ショック後、中小の機関投資家の撤退が進み、現在日本市場で活動する機関投資家は確固とした情報基盤を備え、運用や議決権行使を巡る行動の予測可能性も高い。今後、日本のリーディング企業と内外機関投資家の間に、信頼を基礎とした対話に基づく友好な関係が形成されることを期待したい。
上場企業でも時価総額下位500社の企業群に目を転じると、機関投資家のシェアは依然低い。機関投資家が経営の規律付けの中心となる可能性は乏しく、銀行や事業再編を通じて企業価値を高める「バイアウトファンド」がその役割を担う必要がある。また、取締役会や報酬制度の整備も遅れており、改革が急務である。この点で、昨年導入された役員報酬、株式持ち合いの情報開示制度は的確であった。現在議論されている監査・監督委員会設置会社制度の創設によって独立取締役の導入を促進することも、重要な意義があるといえよう。
2011年9月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載