中国研究報告-「平和的発展」へ険しい道

関志雄
コンサルティングフェロー

中国は、国内総生産(GDP)が2010年に日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位になり、様々な分野で存在感を増している。中国の台頭が世界秩序にどのような影響を与えているのか。中国が世界と協調していくためにはどのようなことが求められるのか。こうした問題意識から、日本経済研究センターの中国研究会(筆者と朱建栄・東洋学園大学教授が共同座長)は「中国が変える世界秩序」と題する報告書をまとめた。以下、その内容を簡単に紹介したい。

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既存の大国が、台頭する中国とどう付き合うべきかを考える際、主に対立路線を主張するリアリズム(現実主義)と協調路線を主張するリベラリズム(自由主義)という2つのアプローチがある。

リアリズムは、国際関係における軍事力をはじめとする権力構造に着目し、国益の対立という角度から大国間の関係を一種のゼロ・サム・ゲームとして捉えている。それによると、新興大国である中国は、アジア、ひいては世界を支配しようともくろむことになり、これは米国をはじめとする既存の大国にとってまさに脅威である。しかし、米国がこのような挑戦を容認するはずはない。

米国のリアリストたちは、特に中国の台頭による軍事カバランスの変化がアジア地域の不安定化をもたらすことを懸念している。平和を維持するためには、冷戦期における対ソ連政策と同じように、中国の台頭を封じ込めることを通じて、勢力の均衡を保つことが重要であると主張する。

一方、リベラリズムは、経済的相互依存の深化や、国際レジーム(体制)と国際協調の強化を通じて平和が実現できる上、民主主義体制を採る国が増えれば増えるほど、戦争が起こる確率は低くなると認識している。

米国のリベラリストたちは、中国を米国主導の国際レジームに取り込み、中国を民主的で豊かな国に変えることができれば、米中間の衝突が避けられると考える。リベラリズムの代表的政策の1つは、「政治的宣伝」「経済的支援」「文化的交流」の3つの手段を用いて社会主義国の民主化を促し、ひいては体制を転覆しようとする従来の「和平演変論」である。もう1つは、05年9月のロバート・ゼーリック国務副長官(当時)の演説をきっかけに、新たに登場した「中国責任論」である。

ゼーリック氏は「中国の世界に対する影響力は拡大していく」という前提の下で、「中国が責任あるステークホルダー(利害関係者)となるように促す必要がある」と指摘した。具体的に、中国に期待される国際貢献として(1)北朝鮮の非核化の実現(2)大量破壊兵器の拡散の阻止(3)イランの核問題の解決(4)テロとの戦い(5)東アジアの平和維持などを挙げている。

その後、世界経済における中国の存在感がますます大きくなるにつれて、「中国責任論」は「責任あるステークホルダー論」を超えて、中国が米国と対等のパートナーとして国際責任を果たすべきだと主張するいわゆる「G2論」に発展した。

「中国責任論」の提起は、中国を「脅威」として捉え、その発展を封じ込める方針から、米国主導の国際レジームヘ、中国に責任あるステークホルダーとして参加してもらうという、米国の対中戦略の大きな転換を意味する。

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「国際責任」について、中国の認識は米国と大きく異なっている。中国の主張は次のとおりである。

まず、中国に責任を負わせることで、米国は自国の政策の失敗の責任から逃れようとしている。また、米国発の「中国責任論」は「中国が大国としての責任を果たしていない」ことを前提にしているが、中国は、国連の平和維持活動へ参加することや、北朝鮮の核開発問題に関する6カ国協議の議長国を務めることなど、自分の実力に見合った形で国際責任を果たしている。さらに、どのような国際責任を果たすべきかについては、先進国の都合だけで決めることではなく、途上国の立場も考慮すべきである。例えば、地球温暖化対策をはじめ、国際公共財の提供において、発展途上国よりも、主に先進国である西側諸国が責任を負うべきである。

米国発の「中国責任論」をけん制しようと、中国は自らの国際責任に関する考え方を盛り込んだ独自の「平和発展論」を唱えており、その実現に向けて、具体的に次の取り組みを行っており、成果を上げていると自負している(06年4月、オーストラリアでの温家宝首相の演説)。

(1)中国は社会の生産力と人民の物質的・文化的な生活水準の向上を強く重視し、人類進歩の促進に尽力している(2)実践経験の総括を通じて、科学的発展の道を歩んでいる(3)独立自主の平和外交政策を遂行し、事柄そのものの理非曲直によって自国の立場を決定している。

(4)揺るぎない姿勢で世界平和を守る。中国は国際レジームの参画者、擁護者、そして建設者である(5)近隣国との善隣友好とパートナーシップを確立する姿勢を堅持し、周辺国の良き隣人、良きパートナーとなっている(6)紛争の平和的解決を主張し、重要な問題の処理において建設的な役割を果たしている(7)テロ対策・核不拡散の協力に積極的に参与し、全世界の安全と安定の維持に努めている。

(8)世界貿易機関(WTO)加盟時の承諾事項を適切に履行し、公平で自由な国際貿易体制の構築に尽力している(9)国連ミレニアム開発目標の達成に向けて真摯に取り組み、発展途上国に対し誠実無私の援助を提供している(10)防御型の国防政策を遂行し、各国と連携して軍縮を推進している。

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中国は国際社会の信頼と尊敬を得て「平和的発展」を実現するために、以上の取り組みを公約として着実に実行していかなければならない。その上、極端な民族主義の台頭を抑えながら、政治改革を積極的に進めなければならない。

中国は長い歴史の中で、世界に君臨する超大国であったが、19世紀のアヘン戦争以降、列強の侵略を受けて国力が急速に低下し、国の存亡が脅かされる半植民地になってしまった。中国における民族主義は、このような背景の下で形成された。それ故に、自民族とその伝統的文化の優越性に過剰な自信を持つ一方で、被害者意識と排外意識がともに強く、これは極端な民族主義を助長している。しかし、民族主義は両刃の剣である。健全な民族主義は社会の進歩の原動力になりうるが、極端な民族主義は、国を戦争などの破滅の道に導きかねない。

一方、冷戦の終結を受けて、中国は社会主義の看板と一党独裁を維持しようとする唯一の大国として、国際社会においてますます「異質」な存在となってきている。孤立を避けるために、このような「中国的特色」を改め、民主や法治、自由、人権といった概念を「普遍的価値」として受け入れなければならない。

普遍的価値の実現に向けて、体制外の学者を中心とするグループは、08年12月の中国立憲100周年に合わせて、自由、人権、平等、共和、民主、憲政といった普遍的価値を基本理念とする「08憲章」を発表した。しかし、同憲章の作成を主導した民主活動家・劉暁波氏は国家政権転覆扇動罪で逮捕され、11年の実刑判決を受けた。このことからも分かるように、目指すべき「普遍的価値」と「中国的特色」という現実の間には、依然として大きなギャップが存在しているといわざるを得ない。

中国における政治改革を促すべく、ノルウェーのノーベル賞委員会は、10年度のノーベル平和賞を服役中の劉暁波氏に授与した。これに象徴されるように、国際社会は、中国が普遍的価値を受け入れることを望んでいるのである。

2011年4月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年4月18日掲載