中国研究報告―「異質」脱し真の大国目指せ

関志雄
コンサルティングフェロー

中国はまもなく経済規模で日本を抜き米国に次ぐ世界第2位になる。中国の行方とその世界へのインパクトについて、日本経済研究センターの中国研究会(座長は筆者と朱建栄・東洋学園大学教授)は報告書『台頭する中国と世界』をまとめた。

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中国経済は、今後も8~9%の成長を維持し、国内総生産(GDP)は購買力平価ベースでは2015年ごろに、為替換算ベースでも30年までに米国を抜いて世界一になると予想される。

中国は既に世界貿易における存在感が高まっており、09年にドイツを抜き、輸出で世界トップ、輸入で世界2位となった(図)。01年に世界貿易機関(WTO)に加盟してから、中国は世界の工場と呼ばれるようになり、その後、輸出の中心は、従来の繊維などの軽工業品から機械などのより付加価値の高い製品に移ってきた。

図:世界一となった中国の輸出額
図:世界一となった中国の輸出額

中国の産業構造も、重工業の発展を中心に高度化が進んでいる。09年の自動車生産台数は1379万台と日米を抜いて世界一となり、粗鋼生産も5.7億トンと世界の半分近くを占める。今後、世界市場で先進国との競争が激しくなり、貿易摩擦も激化しよう。

一方で、日本をはじめとする先進国にとって、中国は「工場」としてだけでなく、「市場」としての重要性も増している。これまで、需要側から中国経済をけん引してきたのは、輸出に加え、資本形成、中でも政府固定資本形成(インフラ投資)である。今後は、労働力が過剰から不足に変わるにつれて、賃金上昇が加速し、企業による省力化投資と民間消費が増える形で、民需に変わっていこう。その結果、中国の輸入吸収力は一段と高まると予想される。

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経済大国化するにつれ、中国には国際公共財の提供などの面でそれにふさわしい国際的な責任が求められている。

中国外交の3要素は、安全保障、経済発展、国際責任とされるが、時代とともにその優先順位が変わってきた。毛沢東時代の外交の優先順位は、安全保障、国際責任(「世界革命」の名の下で)であって、経済発展の順位は極めて低かった。1980~90年代まで経済発展は最優先され、安全保障は依然重視されたが、国際責任への自覚は3者の中で最下位であり、97年のアジア通貨危機までほとんどなかったに等しい。

だがその後、国際責任への自覚は次第に向上し、21世紀に入ると中国外交の努力目標におけるその優先順位がかなり上がった。現時点では前後の順位を決めるというより、胡錦濤国家主席を中心とする指導部は3者のバランスを強く意識するようになった。

こうした変化は環境外交において顕著である。急速な経済成長によって中国は資源を大量に消費するとともに環境汚染も深刻になり、二酸化炭素(CO2)の排出量でも米国を抜き世界一になった。世界有数の資源消費国となり、環境汚染物質の排出大国となった中国に対して、地球を守る責任を果たさなければならないという国際世論が高まっている。これを受けて中国政府は、第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)開催前の09年11月に、CO2排出量を20年までに、GDP原単位(1単位のGDPを生み出す際に排出するCO2の量)で、05年に比べ40~45%削減する数値目標をはじめて発表した。

今回の削減目標は、排出量そのものではなく「原単位」が対象で、またあくまで国内でのみ拘束力を持つ「自主的」なものであり国際公約ではない。そのため海外からは不満の声が高い。だが中国はこれまで、「共通だが差異のある責任」という原則を盾に、排出量の削減は主に先進国の責任であり、中国は発展途上国であるとして、具体的な排出量削減目標を自らに課さず、公約もしていなかった。そうしたスタンスと比べれば、国際協力に向けて一歩前進したという評価もできよう。

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半面、中国の台頭は、安全保障面で近隣諸国などの警戒を招いている。軍事費は高い伸びが続き、中国の軍事力は着実に増強されている。このことは、核戦力や宇宙戦力の面では米国などに懸念を抱かせ、通常戦力の面では台湾海峡での緊張を高めている。特に空母建造をはじめとする海軍の強化と海洋進出の活発化によって、海洋資源や領有権などをめぐって近隣諸国との間で摩擦が激化している。

諸外国のこうした懸念を払拭すべく、中国は「平和発展論」を唱えている。具体的に中国は揺るぎない姿勢で世界平和を守り、国際システムの参画者、擁護者、そして建設者となる。そのために、善隣友好、テロ対策・不拡散の協力、公平で自由な国際貿易体制の構築、途上国への援助、防御型の国防政策、世界の軍縮に尽力すると公約している。

しかし、そうした努力にもかかわらず、中国は、先進国をはじめとする諸外国から十分な信頼を勝ち得ていない。それは、冷戦の終結を受けて、中国が社会主義の看板と一党独裁を維持しようとする唯一の大国としてますます「異質」な存在と見なされているからである。

こうした中で、中国として、民主や法治、自由、人権といった概念を「普遍的価値」として受け入れるべきか、それともあくまでも「中国的特色」を堅持すべきか。それを巡って、保守派と改革派の間で、熾烈な論争が繰り広げられている。

まず保守派は、いわゆる「普遍的価値」が、あくまでも西側または資本主義のものにすぎず、中国がこれらの目標を追求すべきではないと主張する。彼らは「国内外の一部の勢力が『普遍』というスローガンを掲げ、西側の主張と要求を無理やり押しつけようとしている。我々の社会主義制度を根本的に変えようとたくらんでいる」と警戒している(馮虞章氏、「いわゆる普遍的価値をいかに認識するか」、『人民日報』、08年9月10日)。過去30年間の中国経済の高成長はまさに「中国の特色ある社会主義の道」の優越性を示しており、今後もこれを堅持すべきであるという。

「中国の特色ある社会主義の道」とは、07年10月15日の第17回中国共産党大会における胡錦濤総書記の報告では、以下のように示されている。すなわち中国共産党の指導の下で、基本的国情に立脚し、経済建設を中心として、4つの基本原則(社会主義の道、人民民主主義独裁、共産党の指導、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想)を堅持し、改革開放を続ける。その上で社会生産力を開放し、発展させる。こうして社会主義制度を強固にし、充実させ、社会主義市場経済、社会主義の民主政治、社会主義の先進的文化、社会主義の調和社会を築き上げ、富強・民主・文明・調和のある現代化した社会主義国を築き上げる――。

これに対し、改革派は次のように反論する。まず、民主や法治、自由、人権などは経済と社会の進歩に寄与する「普遍的価値」であり、全ての先進国がこれらを共有していることはその証左である。また、改革開放以来の「中国の奇跡」も、このような価値を受け入れるようになった結果にほかならない。

さらに幹部の腐敗や所得格差の拡大、環境問題の深刻化など中国が抱えている不安定要因を克服していくために、民主主義体制の確立を中心とする政治改革が欠かせない。そもそも民主、法治、自由、人権などは、経済発展のための手段にとどまらずに、人類が目指すべき目標でもあるという。

改革派の主張はまさに正論であろう。その当然の帰結として、中国にとって、「普遍的価値」を追求していくことは、世界と共存共栄するためだけでなく、真の近代化を実現するためにも避けて通れない道である。これは、国際社会が中国に望んでいることでもある。

2010年4月1日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2010年4月22日掲載