太平洋の貿易摩擦は日米から米中・日中に主役が交代した。経済大国として浮上する日本に対して米国がジャパンバッシング(日本たたき)という強硬策をとった歴史と異なり、中国との貿易摩擦は「米米」「日日」摩擦という側面が強く、チャイナバッシング政策は限定的だろう。
「日米」から主役が交代
中国の台頭を背景に、日米を中心に展開された太平洋貿易が大きく変貌している。日本と米国の輸入における中国のシェアが高まり、両国の対中貿易赤字も膨らんでいる。2002年の米国と日本の対中貿易赤字はそれぞれ1031億ドルと218億ドルに達しており、いずれも中国が最大の貿易赤字相手国となっている。これを反映して日米を中心に展開していた貿易摩擦が米中、さらには日中へとシフトしつつあり、日米両国は中国に対して人民元切り上げの要求を強めている。
1970-80年代にかけて、米国の貿易摩擦の相手国は主として日本であった。当時、巨額の対日貿易赤字は政治問題化し日米間で貿易摩擦を引き起こした。
その解消のための両国間協議は、(1)85年のプラザ合意に代表される為替調整(2)自動車、工作機械、鉄鋼、繊維などへの輸出自主規制やスーパー301条問題など分野別協議(3)89年以降の日米構造問題協議における系列解消のための独占禁止法強化、大規模小売店舗法改正などをはじめとする経済構造調整を目的とした協議――という3つの枠組みで行われた。
しかし、90年代に入ると米国にとって日本は貿易相手国や投資相手国としての意義が小さくなった。日本企業が生産拠点を米国やアジア諸国へ移転させてきたことを受け、米国の対日貿易赤字額は頭打ちになった。
一方で米国では、中国をはじめとする他の東アジア諸国からの輸入が急増している。特に1997年以降は中華圏に対する貿易赤字が対日赤字額を上回っている。米国にとっての貿易摩擦相手国は、日本から中国へとシフトし、こうした展開を受け日米摩擦は最悪期を脱している。
その代わりに米中間では、貿易・投資における障壁、中国の最恵国待遇(MFN)、中国の世界貿易機構(WTO)加盟といった問題を中心に摩擦が激化した。これらの経済問題はしばしば中国国内における人権問題と絡められ、米国から政治的取引の材料に使われてきた。2001年に実現したWTO加盟により、中国はこれまで米議会の動向に左右されてきた米国によるMFN供与を無条件で受けることができるようになったが、米国はスーパー301条などの武器をバックに、中国に圧力をかけ続けている。
一方で、日本の貿易摩擦の中心も米国から中国へとシフトしつつある。その背景には対中貿易赤字の拡大に加え、躍進する中国に雇用と市場が奪われるのではないかという国民の恐怖感も挙げられる。2001年に、日本が主に中国から輸入しているネギ、生シイタケ、畳表の農産物3品目に対するセーフガード(緊急輸入制限)の暫定措置を初めて発動したことは記憶に新しい。その後、冷凍ホウレンソウの残留農薬問題を巡っても日中間で摩擦が繰り返された。
50%以上が外貨の輸出
60年代以降、日本の輸出攻勢に対して米国は輸入制限や構造改革、為替調整を迫るといった強硬策、いわゆるジャパンバッシングで対応した。米国の国際経済研究所のバーグステン所長らが指摘しているように、その背景には、次の3つの要素が挙げられる。
第1に日本経済は極めてダイナミックであり、世界第2位の経済大国として特別な存在であった。第2に日本の急成長の背景にはアングロサクソン流の経済・経営とは異なるシステムがあり、政府主導の産業政策や円安政策は、米国からみて異なっているというだけでなく「不公正」であるとさえ受け止められた。第3に日米は貿易のみならず安全保障の上で極めて密接な関係が構築され、日本が米国の軍事力に依存することと引き替えに、米国は日本に「外圧」をかけることのできる唯一の国として経済交渉においても大いにその影響力を行使した。
翻って現在の米中・日中関係を考えると、第1、第2の点は、日米間と同様に当てはまる。すなわち中国は人口13億人を抱える大国であるうえに80年代以降年平均9%の高成長を遂げており、そう遠くない将来、日本を抜いてアジアにおけるナンバーワンの経済大国になるであろう。また、中国はいまだ共産党一党独裁の政治体制をとっており、経済制度においても、市場経済を目指しているとはいえ、公有制を堅持するなど、日本や米国が標榜する資本主義とは異質なものである。
しかし、米中間と日中間には日米間の第3の点に当たる安全保障面での協力が欠如している。歴史問題という重荷を抱える日本はむしろ中国より弱い立場にあり、米国もテロとの戦いや朝鮮半島問題などにおいて中国の協力が欠かせないことから中国政府に「チャイナバッシング」政策をとるのは困難であろう。
今後予想される米中、日中の貿易摩擦と従来の日米貿易摩擦との相違点はほかにもある。
まず、日本の対米輸出は輸出国である日本企業によって行われるものであるのに対して、中国の対米、対日輸出の多くは、直接投資や開発輸入などを通じて輸入国である日米両国の企業が深くかかわっている。中国側統計によると、輸出と輸入のそれぞれの50%以上が日米をはじめとする外資企業によるものだ。
これを反映して、農産物3品目を巡る日中貿易摩擦のように「日中摩擦」が単に2国間の利益衝突だけでなく「日日摩擦」という側面を持っていることも確かである。中国で生産に取り組み、その製品を日本に逆輸入しようとする業者は輸入制限に反対するため、こうした日中経済関係の構造が両国間の貿易摩擦に歯止めをかける力として働いていることも見逃してはならない。
その典型例は、セーフガードを巡り国内生産にこだわる賛成派と、すでに海外へ生産をシフトしている反対派で二分されたタオル業界である。国内での生産と対中投資が同じ主体となっている家電業界では、輸入制限を求める声は皆無である。同様に米中摩擦も「米米摩擦」の側面が強く、米議会において中国との摩擦を回避させようとする力が働いている。
また、日米貿易摩擦が工業製品を巡って先進国同士で展開されたのに対して、米中そして日中貿易摩擦は先進国と途上国の対立の構図の上に立っている。これは日米関係よりも、北米自由貿易協定(NAFTA)を通じて経済の緊密化を図る米国とメキシコの関係に類似している。これを反映して米中、日中の関係は補完的側面が強く、競合している業種が限られているため、摩擦も限定的にとどまるであろう。
さらに、「閉鎖的」と言われた日本と比べて、中国は外国企業の進出に対して多くの優遇策を採るなど、歓迎の姿勢をとっている。特にWTO加盟後、ローカルコンテンツ(現地部品調達)、輸出義務、外貨バランスなどの要求が撤廃されるようになり、また金融をはじめとするサービス分野においても外資の参入に対して大幅な規制緩和が行われており、日米企業にとっても直接投資による中国市場へのアクセスが一層容易になった。
内需主導型が中国に得策
最後に、国際貿易体制も変貌している。ガットがWTOに変わり、それに合わせてメンバー間の紛争処理機能が大幅に強化されている。米国、日本と中国との貿易摩擦の解決に当たって、WTOが2国間の交渉を補完する形で大きな役割を果たすことが期待される。
しかし、米国と日本との貿易摩擦に歯止めがかかりそうであるからといって、中国がいつまでも輸出主導型成長を続けるべきではない。
過去20年余り、輸出の拡大によって中国製品の価格が大幅に低下している。これに伴う交易条件の悪化を反映して、中国は高成長しているにもかかわらずドル換算で見た所得水準がなかなか上がらないという一種の「豊作貧乏」の状況に陥っている(ただし、この現象は農業分門ではなく、工業部門に起きている)。国民がその恩恵を享受できるように、中国としては産業の高度化を図りながら内需主導型成長に転換しなければならない。
2003年9月17日 日本経済新聞「経済教室」に掲載