氷河期世代をどうするか 老後に不安、福祉拡充検討を

近藤 絢子
ファカルティフェロー

バブル崩壊後の1990年代半ばから2000年代初頭の就職難の時期に社会に出た就職氷河期世代は、若年期に良好な雇用機会に恵まれなかったため長期にわたり経済的に不利な立場に置かれてきた。00年代後半には「ロスジェネ」という言葉が生まれ、不遇な世代であることが繰り返し指摘されたが、バブル期以前に就職した世代との格差は今も解消していない。

現在、中高年となった就職氷河期世代がこれから直面する問題は、大きく2つある。独身の低所得者が親に頼れなくなり困窮することと、氷河期世代自身の老後の低年金の問題だ。

◆◆◆

1つ目の親の加齢に伴う困窮は既に顕在化しつつある。図は労働力調査を用いて、35〜39歳時点での「未婚で親と同居する非就業者・非正規雇用者」が人口に占める割合を男女・学歴別に集計し、横軸の生まれ年ごとに並べたものだ。

35〜39歳時点での「未婚で親と同居する非就業者・非正規雇用者」が人口に占める割合

男性はすべての学歴で若い世代ほど高まっている。70年代後半生まれの高卒男性では1割を超えており、大卒でも5%程度いる。一方、女性は高卒のみ上昇が続いているが、短大・高専卒や大卒では60年代後半生まれから5%程度でおおむね横ばいとなっている。

30代後半だと親もまだ50〜60代であることが多く、住居や食事を実家に頼ることで生活を維持できた人もいるだろう。だが本人が40〜50代となり、高齢となった親に頼れなくなると、苦しい状況に置かれることが懸念される。特に非正規雇用では介護休暇が取りにくい職場も多く、時間給であれば介護のために労働時間を減らした分だけ収入も減るので、親の介護と本人の生活の両立が困難となる。

就職氷河期の前半に大学を卒業した団塊ジュニア世代は、その親の団塊世代が後期高齢者となり、介護の問題に直面している。その下の世代では、親と同居する独身の不安定就業者の割合はさらに高い。独身の不安定就業者が親の介護と本人の生活を両立できる仕組みの整備は喫緊の課題だ。

2つ目の問題は、就職氷河期世代自身の老後の備えだ。所得が低ければ当然、老後のための貯蓄が少なくなる。加えて、現役時代の収入が低いと、もらえる年金も少なくなる。

正社員であれば、大抵は厚生年金に加入することになり、給与から厚生年金保険料が天引きされる。厚生年金に加入していた期間が長いほど、また払い込んだ保険料が高いほど、高齢期にもらえる老齢厚生年金も増える。現役時代の所得格差が高齢期にもそのまま持ち込まれるということだ。

非正規雇用の場合は厚生年金に加入できないことも多い。16年までは、パートタイム労働者は週当たりの所定内労働時間が正社員の4分の3(おおむね30時間)以上でなければ社会保険の加入対象でなかった。従業員が社会保険に入ると雇用主にも社会保険料負担が発生するので、非正規雇用の従業員が社会保険加入対象にならないよう労働条件を調整する企業も多かった。

勤め先の社会保険に入れない場合は、自分で国民健康保険や国民年金に加入する必要がある。だが国民年金保険料は所得によらず定額であり、現役時代に国民年金にしか加入していないと、将来もらえる年金は老齢基礎年金のみになる。しかも国民年金は自分で払い込み手続きをする必要があり、未納の期間があれば基礎年金すらも減額される。

16年以降はパートタイム労働者への社会保険適用が段階的に拡大されており、今後はほかに主たる生計者のいない非正規雇用者の大半は厚生年金に入ることになる。これは大きな前進だが、既に中年期を迎えた氷河期世代が過去に加入していなかった期間の分は取り戻せない。また報酬額が低ければ年金額もその分低くなる点は変わらない。

現在の年金制度のまま、氷河期世代が高齢期を迎えると、現役時代の厚生年金加入期間や報酬額が十分でなかったり、国民年金の未納期間があったりするために年金額が低く、生活が成り立たない高齢者世帯が増えることが予想される。現時点で生活保護受給者の半数以上が65歳以上の高齢者だが、今後はさらに増えていくことも予想される。

◆◆◆

政府の就職氷河期世代活躍支援はハローワークによる就職支援、無業者を対象とした「地域若者サポートステーション(サポステ)」、ひきこもりなどの相談サポートをする各種支援機関の3つが柱だ。00年代につくられた若年向けの自立支援・就労支援の仕組みがそのまま延長されている。

無論、導入済みの各種の支援継続や、能力開発機会の提供や非正規雇用者の正社員登用促進は、世代を問わず必要だ。しかし、中高年となった就職氷河期世代が若年期に失った就業経験は今から取り返せない。過去20年の様々な施策でも安定した就業に移行できなかった事実を受け入れ、福祉の拡充について具体的な検討を始めるべき段階に来ているのではないか。

既存の社会保障の枠組みでは、就業しているが所得が十分でない者に対する再分配が薄い。高齢でもなく障害もない場合、生活保護以外の制度がほぼない。非正規雇用から失業すると、雇用保険の失業手当も十分にもらえないことが多い。生活保護基準をぎりぎり満たさない程度の収入や資産のある現役世代に対するセーフティーネット(安全網)が薄い。00年代に「ワーキングプア」という言葉が流行した時に既に指摘されていたが、この20年でほとんど改善されていない。

雇用保険をはじめとする社会保険方式のセーフティーネットは、過去に保険料を拠出していなければ給付を受けられず、若年期から雇用が不安定な者にとっての救済策にはならない。一方、生活保護制度は保護を受けるための条件が非常に厳しく、そこから再度経済的に自立するのは容易でない。生活保護の条件を満たすところまで困窮する前に救済する仕組みが必要だ。

現役世代については、就労していても十分な収入を得られない層に対し、就労意欲をそぐことなく収入を底上げする支援ができるとよい。例えば欧米で実際に導入され、日本でも一時議論された負の所得税(給付付き税額控除)は、一定水準以下の所得の人に対し労働所得に比例した給付をするものだ。必ずしも負の所得税が最適な形式とは限らないが、既存の制度の枠にとらわれない発想で議論を深めていく必要がある。

高齢化・非婚化に伴い、親の介護と仕事の両立問題に直面する独身の子は今後も増え続けていく。介護サービスの拡充や低所得世帯に対する介護保険給付の充実は、氷河期世代だけでなくもっと下の世代も含め、独身の不安定就業者が親の介護のためにさらに収入を減らす事態を防ぐ重要なセーフティーネットとなる。

年金については、25年の年金法改正に向けて議論が活発化しつつある。少子高齢化による財源の問題や、第3号被保険者制度の是非など様々な論点があるが、氷河期世代の低年金問題についても具体的な検討を始めるべき時期に来ている。

2024年5月10日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2024年5月15日掲載

この著者の記事