地球環境問題、人口減少、政府債務の膨張など、世代を超えた持続性に関する政策課題を解決し、将来世代に持続可能な自然環境と人間社会を引き継いでいくために、どのような社会制度をデザインすべきか。この問いを追求するのが、「フューチャー・デザイン」という研究のムーブメントである。
西條辰義・高知工科大学フューチャー・デザイン研究所長が提唱するこの動きは、2012年に大阪大学の研究者たちを中心に開始され、現在は経済学、心理学、倫理学、神経科学などの研究者を巻き込み、学際的な広がりを見せている。今年1月27〜28日には、総合地球環境学研究所において第1回「フューチャー・デザイン・ワークショップ」が開催された。
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フューチャー・デザインのひとつの目標は「現時点の政治的意思決定の場に、将来世代の利益を代表するアクター(演者)を現出させること」である。原圭史郎・大阪大准教授と西條教授の17年の論文で紹介された実験にその考え方が典型的に表れている。
15年、岩手県矢巾町でフューチャー・デザインの研究グループの協力の下、60年までの長期ビジョンを作成することになった。一般市民5、6人のグループ4組で議論して政策案を作ることになったが、2組は通常の現在世代グループ、残り2組は「60年の将来世代」の立場になりきる役割を与えられた。
実験の結果、現在世代グループが現在の制約や課題の延長でビジョンを描いたのに対し、将来世代グループは地域の長所を伸ばすためにあえて困難な課題解決を目指すなど、考え方や合意内容に明らかな違いが表れたという。半年後のインタビューで、将来世代グループは「現在世代の自己と将来世代の自己を俯瞰し調停する思考ができた」と言い、そのように思考することに「喜び」を感じる、と答えたという。
西條教授はこのような人格を仮想将来人と呼ぶ(図参照)。現在世代の我々が仮想将来人として思考すれば、社会はより持続的になるだろう。そのための具体的な制度改革として、将来世代を代表する機関(中央官庁の将来省、自治体での将来課など)の創設を検討する研究者もいる。
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ワークショップでは、矢巾町をはじめ、長野県松本市、高知県、北海道大沼町などにおける様々な住民討議の社会実験の結果が報告された。いずれにおいても、将来世代の役割を与えられた参加者がいると、討議の結果に変化があることが確認された。
興味深いのは、将来世代の役割を与えられた実験参加者の心理や情動に大きな変化があった、という印象を研究者たちが受けたことである。これは、実験参加者の脳内の活動に何らかの変化が起きている可能性を示唆している。これを見据えて、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)による解析で住民討議の場における脳内の変化を計測する研究計画のアイデアも出た。
その他、東京大学の亀田達也教授のグループは、子や孫を持つ者の方が、将来世代の利益への関心が強まる傾向があるという心理学的な実験結果を報告した。早稲田大学の鈴木智英教授は制度デザインの実例として、「損益計算書にCSR(企業の社会的責任)活動費用を明記させる」というインドの会計制度改革を紹介した。世間からの評判を意識したインドの上場企業はCSR活動費を年間約3000億円に増やしたという。
高知工科大の肥前洋一教授は、ドメイン投票法(未成年に投票権を与えて保護者に代理行使させる制度)の実験で、子供のいない人はふつうの投票制度のときよりも、もっと現世代の利益を重視した投票行動をとるようになったという結果を報告した。これは、将来世代の代弁者が出現するとそれ以外の人々の中に反発が生まれる可能性を示唆しており、制度デザインを考えるうえで大変興味深い。
フューチャー・デザイン研究の方向として、筆者は3つの課題を挙げておきたい。
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1つ目は、「仮想将来世代(将来省のような公的組織)はどのように機能するか?」。仮想将来世代の組織を作ったときに、それらが真に将来世代の利益を代表して現在世代の政策過程をチェックすると、なぜ言えるのか。
実験で将来世代の役割を与えられた参加者が仮想将来人になれたという報告が一般的に成り立つならば、将来省のような組織はうまくワークするかもしれない。将来省の職員は「将来世代を代理する」という役割を与えられるので、仮想将来人の人格を持つようになるだろうからである。その点を科学的に評価するには、仮想将来人の自己形成メカニズムを脳科学や心理学の統計的方法によって科学的に解明する必要がある。
2つ目の課題は、「仮想将来世代の創設(将来省などの新制度の創設)の政治哲学的な正当性はどこにあるか?」。将来世代のための新制度を創設するには、そのような改革が現在の民主政のシステムの中でも正当性を持つと言えなければならない。
たとえばドメイン投票法には、「1人1票の民主政の原則に反する」として反対意見が法学・政治学の論者に根強い。将来世代のために必要だというだけでは必ずしも受け入れられないのである。国民の幅広い理解を得るためには、「仮想将来世代の創設は正義にかなう」という政治哲学の理論が必要である。
米哲学者ジョン・ロールズの「無知のヴェール」を使った社会契約論(「正義論」)の援用で、政治哲学的に正当化できるかもしれない。自分がどの世代に生まれるか分からない状態(無知のヴェールで覆われた状態)で人々が社会契約に合意するならば、人は最も不幸な世代(財政破綻などの被害を受ける世代)に生まれることを恐れるので、そうした世代の負担を減らすための仮想将来世代の創設に賛成するはずである。
3つ目の課題は、「ふつうの人々が自然に仮想将来人になるにはどうしたらよいか?」。つまり人々が将来世代一般への利他性(=愛)を高めるにはどうしたらよいかということであり、これはサイエンスを超えた政治思想の問題かもしれない。
将来世代への愛というとき、逆説的だが過去の歴史とのつながりが重要となる。現在の社会が過去の歴史から断絶すると根無し草となり、現在世代の我々はこの社会を責任をもって将来に引き継ごうという意欲を失う。過去の歴史と切れたことから来る「疲れ」が社会をゆっくりとまひさせる。これが、財政問題や環境問題への取り組みを先送りさせるいわば「歴史の復讐」である。
現在が過去の歴史とつながっているときに初めて「この世界を次世代に引き継ぐためにどのような責任でも引き受けたい」という将来への愛が生まれる。世界への愛は、個人の愛と同じように、理屈ではなく歴史によって与えられる信念である。我々の課題は、過去から未来に向けた歴史の再生であり、歴史を通じて引き継がれるべき「公的なるもの」を再発見することというべきかもしれない。
フューチャー・デザインは社会科学だけでなく、神経科学や政治思想まで、幅広い領域で人間の知の在り方に変革をもたらす可能性がある。新たな枠組みで多様な研究が進展することが期待される。
2018年2月13日 日本経済新聞「経済教室」に掲載