近年、高齢の土地保有者に相続対策などとしてアパート・マンション建設を勧め、融資を持ちかける金融機関が増えている。人口減少が進む日本で住宅が増えれば値崩れ必至と思えるが、現状では顕著な価格低下は起きていない。この事実をもって、住宅ミニ・バブルが起きているのではないか、と危惧する当局者もいる。中国の不動産もバブルと言われて久しいが、バブル崩壊の懸念を裏切り続けて価格は上昇し、北京などの住宅価格は平均年収の数十倍に達するといわれる。
こうしたバブル関連の現象は経済の先行きにとって極めて重要である。
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ある資産の価格が高額になっているとき、収益によって説明可能な価格(ファンダメンタル=基礎的条件=な価格という)を超過した部分をバブルと呼ぶ。
バブルについての古典的理論としては、ポール・サミュエルソン氏の1958年の論文やジャン・ティロール氏の85年の論文などが有名である。古典理論では、そもそも設備投資が「過大」な経済においてバブル資産が発生すると、企業はバブル資産の購入に資金を使い設備投資を減らすので、経済効率が向上する。
サミュエルソン=ティロール型のバブルは、消費を増やすが、投資を減らす。これは消費も投資も増えるという現実のバブル経済の経験と一致しない。またこの理論では、バブルは崩壊さえしなければ、経済の効率を向上させる「有益な存在」である。この点も現実の経験とは異なる。バブル期は金融機関などで腐敗や不正が横行し、非効率の温床となるというのが経験的事実だが、古典理論ではそのようなことは起きない。
近年、消費も投資も増えるバブルの理論が作られ、様々な経済現象の分析に使われている。その端緒となったのが、スペインのポンペウ・ファブラ大学のアルベルト・マーチン教授とジェーム・ヴェンチューラ教授の2012年の論文である。
マーチン=ヴェンチューラ・モデルでは、企業は借り入れ制約があるため思い通りの設備投資ができない。さらに生産性の高い企業と低い企業が共存する。この経済で、生産性の高い企業が低い企業にバブル資産を売って設備投資をすれば、生産性の高い企業の設備投資が増えて、低い企業の投資は減る。バブルは非効率な投資は減らすが、効率的な投資を増やす。経済全体としては、消費も投資も総量が増えることになるのだ。
このモデルをベースに多くのバブル研究が発展し、東京大学の平野智裕講師と柳川範之教授の17年の論文、両氏と関西大学の稲葉大教授のバブルと政策介入の理論(15年)、東京大の青木浩介教授と欧州中央銀行シニアエコノミストのカリン・ニコロフ氏のバブルと銀行の理論(15年)など、この分野では日本の研究者も活躍している。
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これらのバブル研究では、バブルの発生と崩壊は、外生的ショックによって起きる予測不能の出来事と仮定されている。一方、現実の世界では、バブルの崩壊を予測したいという強いニーズが存在する。だがそのニーズは十分に満たされていない。
ちなみにバブル崩壊を予言した特異な研究が経済物理の分野には存在している。スイス連邦工科大学チューリヒ校のディディエ・ソネット教授は、物性物理のモデルを住宅の価格変動に応用した05年の論文で、06年に米国の住宅価格のバブル崩壊が起きると予測した(実際、06年に崩壊が始まった)。しかし論文には、物性物理のモデルがなぜ住宅価格の説明に使えるのか、という経済学的根拠は示されていない。
バブルの発生と崩壊を理解するためには、期待の変動を理解する必要がある。「みんながバブル資産を買うから、(値上がりが期待されるので)自分も買う」と全員が考えてバブル資産を買う結果、予想通り値が上がるのが「バブル均衡」である。一方、「みんながバブル資産を売るから、(値下がりが期待されるので)自分も売る」と全員が考えてバブル資産を売り、予想通り値段が暴落する「バブル崩壊均衡」も存在する。
バブル均衡かバブル崩壊均衡かは一種のレジームチェンジ(枠組み転換)であり、人々の行動についての人々の「期待」の変化によって起きる。それは「私の行動についてのあなたの期待」「あなたの行動についての私の期待」だけではなく、「私の行動についてのあなたの期待についての私の期待」「私の行動についてのあなたの期待についての私の期待についてのあなたの期待」……という無限ループを含んでいる。
この無限ループで決まる期待の変動をわかりやすく分析できるようにした理論として、「グローバルゲーム」という分野が1990年代から発展している。米プリンストン大学のスティーブン・モリス教授と国際決済銀行経済顧問のヒュン・ソン・シン氏は98年の論文など一連の研究で、人々の持つ情報にノイズがあると、期待の変動によるレジームチェンジが、経済のファンダメンタルから予測可能になることを、グローバルゲームの枠組みで示した。
グローバルゲームはこれまで通貨危機や銀行危機などの分析に応用されたが、バブルの崩壊の研究については、筆者の知る限り、活用されていなかった。筆者はバブル資産の「数量」を経済のファンダメンタルとする簡単なグローバルゲームの研究を進めている。そのモデルではある条件下において、バブルの価格はそのファンダメンタルの値によって一意的に決まるので、複数均衡の不確定性はなくなる。具体的には、バブル資産の数量の伸び率がある値を超えて大きくなると、価格が急激に低下し、その後、徐々に回復する。この現象はバブルの崩壊と発生のサイクルと見なすことができる。
経済のファンダメンタルな条件からバブル崩壊を予測する研究としては、プリンストン大のディリップ・アブルー教授とマーカス・ブルネメイヤー教授の2003年の論文があるがやや難解であった。グローバルゲームを応用し、使いやすい理論モデルを作ることは、今後の1つの方向性といえよう。
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バブル研究のもう1つの宿題は、「バブルは(崩壊さえしなければ)経済の効率や厚生を高める」という理論モデルの含意である。バブルが腐敗と非効率を引き起こすことは経験的な事実のように思われるが、そのことを明確に示す理論モデルはない。この問題を解決するヒントは、バブル資産の供給を内生化することだと思われる。
現存のバブル理論では、バブル資産の供給量は外生的に決まっていて、人々や企業の行動で変えられないとされる。しかし現実には、人々の行動がバブル資産の供給数量を決めている。バブル期には、人々は二束三文の土地を無理やり開発して高値で売った。バブル資産(土地)が「生産」され、売られたのである。生産された土地は効率が悪く、経済全体に非効率がため込まれた。「バブル資産の意図的な生産」という現象を考えると、現実の世界で我々が直面するバブルの非効率性をもっと正確に分析できるようになると思われる。
バブル研究は、このように様々な方向への発展の可能性を秘めている。今後の研究の進展が期待される。
2017年10月17日 日本経済新聞「経済教室」に掲載