記事の要約
(1)財政赤字は拡大し、長期的に見れば持続は不可能。ただ、今すぐ破綻するわけではない。
(2)財政が悪化すると、政府の恣意的政策で金利が不安定化し、経済活動が阻害される。また、市場経済の自立性が失われる。
(3)財政再建は歳出削減を中心に行うべきだ。予算決定手順への工夫も必要。
政府税制調査会が定率減税の段階的な縮減・廃止を打ち出すなど、財政再建に向けた議論が本格化している。財政再建の必要性について、議論を整理する。
現状をどう見るか
財政の現状を示す数字としては、ストックとして積み上がった政府債務と、その政府債務が毎年増えていくスピードを示す財政赤字とがある。
財政赤字の国内総生産(GDP)に対する比率を示した「一般政府財政収支の対GDP比」=棒グラフ=を見るとおおむね赤字幅は拡大してきており、このままでは、債務比率は無限大になってしまう。
一方、財政赤字が積み上がってできた政府債務の対GDP比率を示す「債務残高対GDP比の推移」=折れ線グラフ=では、債務総額はGDPの160%にも達している=細線。
これは先進国では最悪の水準である。しかも先進国の中では、もっとも急速に増え続けている。ただ、政府は約430兆円の金融資産を持っており、そのうち230兆円は流動性のある現預金や証券である。これら金融資産を差し引いた純債務はGDPの約70%程度となる=太線。純債務で見れば欧米と比較して非常に悪いとはいえない。
通常、債務負担の大きさは、純債務で測られるから、財政破綻が差し迫っているとまではいえないことになる。
財政赤字の急拡大は日本の財政が長期的に維持不可能であることを示し、純債務の数字は、財政は今すぐには破綻しない、ということを示しているのだろう。
3つの弊害と背景
日本の公的債務の特徴は、貸手のほとんどが国内の企業や投資家であることだ。簡単にいえば、日本人が日本人から借金をしている、ということになる。
かつて、積極的な景気対策論者はこの点を強調し、「公的債務が膨らんでも、右手が左手から借金をしているのと同じだから問題ない」と、財政拡大を主張した。純債務の量が大きくないことも、その論拠となった。
しかし、現状の財政がもたらす弊害を3つ、さらにその背景にある「思想的な問題」を1つ指摘したい。
第1は、「流動性の問題」だ。純債務は大きくなくても、債務総額はGDPの160%。この巨額債務について、貸手が一斉に返済を求めれば、政府の支払能力をすぐに超えてしまう。いわば、公的債務の「取り付け」である。現実にはまず起こらないが、「取り付けが起きるかも知れない」という不安心理が広がれば、国債市場が神経質になり、国債の価格と金利が不安定になる可能性がある。
国債金利は、家計や企業の借入金利に連動するので、もし、金利が不安定化すれば、家計や企業の経済活動を大きく損なうことになる。
第2は、「信頼性の問題」である。投資家が、国債を持ち続けるのは、「政府がいずれ歳出削減か増税を行って、財政の持続可能性を維持するはずだ」という信頼を持っているからといえる。
しかし、公的債務の量が増えれば増えるほど、財政再建に必要な歳出削減や増税の幅は大きくなる。
また、どのタイミングで財政再建を実現するのかによって、政策の幅や手順も様々である。その結果、財政の先行きについて、人々の予想もばらばらになる。
投資家の財政に対する信頼は、政府が将来行う政策行動とそれに対する予想に大きく依存している。公的債務が大きくなるほど、将来の政治や政府の気まぐれ(についての予想)によって、現在の投資家の信頼が動揺するリスクが大きくなるわけである。
このリスクが高まると、投資家が神経質になり、「流動性の問題」が引き起こされ、結果的に金利の不安定化と経済活動の阻害が起きる。
第3は、「所得再配分の問題」である。たしかに公的債務は日本人が日本人に借金をしている構図だが、一般に国債保有者は富裕層であり、低所得者層は保有していない。政府が国債償還のために増税するなら、税で国民から集められた資金が富裕層の国債保有者に支払われることになる。
つまり、公的債務残高が大きくなると、低所得層から富裕層への逆所得配分が強化されるかもしれない。所得格差が拡大し、社会問題を引き起こすだろう。
背景にある「思想上の問題」を考えたい。
近代の自由主義経済の出発点は、民間の経済活動から、政府権力の恣意的な介入を排除することであった。
財政への不安が高まり、金利が不安定化するという問題は、税や歳出をめぐる政府の恣意的、裁量的な意思決定が、金利という市場経済の基本条件を恒常的にゆがめてしまうことに等しい。
公的債務の膨張は、市場を財政に従属させ、結果的に、自立的で健全な市場秩序への信頼を壊してしまう。それは長期的に市場経済への信頼も損なうと思われる。
再建への取り組みは
財政を改善するには、歳出削減、増税、インフレの3つしか手段はない。しかし、政府の恣意性をなるべく排するという市場経済の原則からいえば、財政再建のために何をやっても良いということにはならない。
インフレは、国民生活を混乱に陥れることになり、もっとも避けるべきものといえる。増税も民間の自由な経済行動をゆがめる効果は大きい。
歳出削減も政府による所得再配分が減るという意味で国民生活に影響はあるが、国民の自由な経済活動を制限しない、という点ではもっとも正統性があり、政治的にも支持されやすいだろう。また、外国の財政再建の例でも、成功事例は増税よりも歳出削減を中心にして財政再建に取り組んだものが多い。
日本の財政再建に向けた試みからも教訓はある。まず、タイミングを誤って景気の腰折れを招かないようにすることだ。それには、経済指標の変化を見て増税や歳出削減のタイミングを延期できる「弾力条項」を事前に法律で用意しておくべきだろう。
財政再建のターゲットとして、「財政赤字幅」に数値目標を置くことも適切とはいえない。財政赤字は、コントロールできない様々な経済環境の変化によって変わってしまう。だから政府の目標として適当ではない。
むしろ、「予算の増額を要求する官庁や政治家は、自分の責任で財源を新しく持ってくる義務を負う」というような具体的なルールを設定することが有効である。これは、多くの国の財政改革で導入されており、赤字の削減に効果を発揮している。
政治家や官庁の要求と責任の範囲を一致させることで、最大限の緊縮努力を引き出すことに成功しているのである。
2004年12月5日 朝日新聞に掲載